第9話 不器用な贈り物と、ずるい番犬
職人の街を脅かしていた影の魔獣の事件を解決し、私たちは夜更けの宿へと戻ってきた。
「はぁ……疲れた。でも、彼が元の姿に戻れて本当によかった」
ベッドに腰を下ろし、ホッと息を吐き出す。初めて指輪の力を解放したせいか、体は鉛のように重かったが、不思議と心は晴れやかだった。部屋の隅で、リルが先ほど手に入れた《《澄んだ魔石》》を、月明かりに透かしてジッと見つめている。
「リル、どうしたの? ずっとその石を見つめて」
「あ? いや……ちょっと、行ってくる」
「えっ、こんな夜中にどこへ?」
私の問いかけには答えず、リルは魔石をポンと放り投げてキャッチすると、窓枠に足をかけ、そのまま夜の街へとふらりと飛び出していってしまった。
それからしばらくして。ドカドカと足音を立てて部屋に戻ってきたリルは、無言のまま、私の目の前に乱暴に右手を突き出した。
「……手ぇ出せ」
「え?」
言われるがままに両手を差し出すと、リルはその上に、小さな布の包みと、ジャラッと重たい音を立てる麻袋をポスッと落とした。
「なに、これ……って、ええっ!?」
布を開いた私は、思わずすっとんきょうな声を上げた。中に入っていたのは、今日の昼間、私が大通りの屋台で見つめていたあの『青いガラスの髪飾り』だったのだ。
「り、リル!? どうしてあなたがこれを? 私、あなたにお金なんて渡してないわよね!?」
「金なんか知らねぇよ」
驚く私からプイッと視線を逸らし、リルは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「さっきの魔獣から出た一番綺麗な魔石。あれを、あの屋台の親父の目の前にドンッて置いて、『それと交換しろ』って言ったんだよ。キラキラした石と、キラキラしたガラスの等価交換だろ?」
「えっ……ま、魔石とこれを、物々交換したの!?」
「あぁ。そしたら親父の奴、ヒィッて顔引きつらせて、その髪飾りと……あとなんか、このジャラジャラした重てぇ金属の袋を震えながら押し付けてきやがった。人間ってのは変なオマケをつけるのが好きなんだな」
——それ、完全にお釣り(しかも過剰なほどの)じゃない!!人間の相場も『お釣り』の概念も知らないリルが、高純度の魔石を叩きつけて「これと交換しろ」と凄む姿……屋台の主人からすれば、理不尽なカツアゲか命の危機を感じたに違いない。申し訳なさと呆れで頭が痛くなったが、それ以上に、私の胸は激しく高鳴っていた。
「……お前が売っちまった、石ころよりは、高価じゃないかもしれねぇけどな」
リルが、気まずそうに、けれどどこか言い訳をするように低い声で呟く。
「……お前の、そのはちみつ色の髪に、似合うと思って」
「リル……」
彼なりに、私がサファイアのネックレスを手放したことをずっと気にしてくれていたのだ。人間の価値観なんて全然わかっていないのに。最強の獣が、私のために自分の獲物を差し出して、私が「綺麗だ」と言ったものを不器用に持ち帰ってきてくれた。その事実が、たまらなく愛おしかった。
「こんなの、お城の宝物庫にあったどんな宝石よりも、ずっと、ずっと綺麗……。嬉しい。ありがとう、リル。私、絶対に大切にするね」
私が青いガラスの髪飾りを胸に抱き、涙ぐみながら微笑むと、リルは「……ッ」と短く息を呑んだ。そして、尖った耳の先まで真っ赤にして、ガシガシと自分の銀髪を掻き毟った。
「……あー! もう、勝手にしろ! 俺は寝る!」
ドサッとベッドの端に丸くなり、大きな背中を向けてフンスと荒い息を吐くリル。毛布にくるまったその大きな背中は、照れ隠しをしているのが丸わかりだった。
(……もう。本当に、ずるい番犬ね)
私はそっぽを向く大きな番犬に向かって、誰にも聞こえない声でそっと呟いた。 安物のガラスの髪飾りは、私の手のひらの中で、どんな宝石よりも温かく澄んだ光を放っていた。




