最終話・やはり我が国はもうダメかもしれない
アリーラは無事に第二子を出産した。あれよという間に産婆がへその緒を切り、産湯につける。女官長とエルマが綺麗な布で水気を拭き、新たに仕立てられた産衣を着せてからアリーラの胸元へと赤子を寝かせた。
「おめでとうございます。可愛い女の子ですよ」
産婆の言葉で二人目が女の子だと知り、私は歓喜の声を上げた。
「アリーラ、よく頑張った。可愛い女の子だ」
「ふふ、本当に可愛いわ。ジークにそっくり」
ディアトは生まれたばかりの赤子を初めて見たからか、おっかなびっくりといった様子だ。
「ディアト、よく見てごらん。おまえの妹だ」
「ぼくの、いもうと……?」
先ほどまで不安で泣きそうだったディアトが頬を上気させ、アリーラと赤子、私の顔を交互に見ている。恐る恐る手を伸ばすと、赤子の小さな小さな手がディアトの指先をぎゅうと掴んだ。
「わあ、かわいい」
「ははは、もうディアトを兄だと認識しているのかもしれんぞ」
「ほんとに? うれしい」
産後の処置をするため、私とディアトは部屋から出された。出産の知らせを聞いてやってきたローガンは喜びのあまり涙を流している。軽く抱きしめあって肩を叩き、無事の出産を心から喜び合った。
赤子にはミレーユと名付けた。すくすくと順調に育ち、王宮内にいる全ての者たちを笑顔にしている。私やアリーラ、ディアトだけでなく、ローガンやディーロ、フレッド、アストとサヴェルもミレーユの前では骨抜きだ。身内の贔屓目を差し引いても愛らしい姫だと思う。
王女誕生の恩赦により、幽閉されていたマティアスが自由の身となった。マティアスは私の従兄弟であり、ディアトとミレーユとは血の繋がった親族。王位継承権は剥奪したものの、一部領地を分け与えて貴族として暮らせるように配慮している。
初めて会わせた時、普段は悪態しかつかないマティアスが「はわわ」しか言わなくなった。愛らしい子どもに浄化されたのかもしれない。
「……ジーク」
「どうしたマティアス」
珍しく落ち着いた口調で話し掛けられ、私は彼の隣に腰を下ろした。現在地は王宮内の応接の間。最近ようやく掴まり立ちが出来るようになったミレーユをみながハラハラしながら見守っている真っ最中である。少し離れた壁際の椅子に座り、ぼんやりとその光景を眺めるマティアスに在りし日の殺伐とした雰囲気は感じない。
「我が国の法では近親婚は禁じられていたか」
「うん?」
「従兄弟の子が相手なら有りだろうか」
ちょっと何言ってるか分からん。あれから一年半くらい経つが、もしかして頭を強く打った後遺症だろうか。疑問符を浮かべていると、痺れを切らしたマティアスが椅子の肘掛けを拳で勢い良く殴りつけた。
「察しの悪い男だな! ミレーユを俺様の嫁にしてやらんでもないと言っているんだ!」
は???
「いや待てマティアス。ミレーユは私の娘だぞ」
「だからだろうが! 貴様は下級貴族の女なんぞと勝手に結婚しやがったから、代わりにミレーユを俺様に寄越せ!」
「あの子はまだ一歳にもなっていないのだぞ!?」
まさかの発言に驚き、つい大きな声で反対してしまった。いや、もうすぐ四十に手が届きそうな従兄弟に可愛い我が娘を嫁がせたいなどと誰が思うものか。しかも『寄越せ』とはなんたる言い草だ。そもそも『代わり』ってなんだ。マティアスが本当に欲しかったのは、まさか私か?
「ミレーユ殿下を嫁にだと?」
「ふざけるな!」
騒ぎを聞き付けたみなが集まり、全員が騒ぎ始めた。
「ここは俺が王家に婿入りすべきだろう。陛下、俺、良い息子になりますよ?」
「隊長、幼女趣味があるんスか? 奇遇っスね。オレも最近有りかなーと思い始めたとこで」
「は? アンタらキモ過ぎ。自分の年齢考えろっての。どう考えても釣り合うのは一番若いオレだよ」
「僕らなら二十歳差だから、ギリ有り得なくはないよねぇ」
ディーロとフレッド、アストとサヴェルまで参戦した。なんだ、どうなっているんだこの状況。
ちなみにクレイは手作りのアスティレイア人形でミレーユをあやしながら「簡単に目移りするなんて節操のない輩は嫌ですねえ。あきれてものも言えません」と肩をすくめている。いや待て。おまえはまだ私を諦めていないのか。
セオルドもうんうん頷きながら「やはり陛下でないと性的興奮はしないですよね」と同意している。おまえもかセオルド。いや、医師が幼女趣味では困るからそれはいいんだが、私の主治医からは外そう。いま決めた。
「ミレーユ殿下のために国土を拡大しようと思うんだがどの辺が良いと思う? ジークヴァルト陛下」
「やめろ。軽率に戦争を起こすな、オラード」
武闘派大貴族は相変わらずだ。
「我が王、ミレーユ殿下の誕生日にはどんな贈り物がよいと思われますか? 女の子ですから、やはり宝石が採れる鉱山ですかねえ」
「一歳の誕生日で鉱山なら二歳以降どうする気だ、ダビエド」
金持ち大貴族も規模が違い過ぎる。宝石一粒でも十分贅沢な贈り物なのだが、基準が狂っている。
「いやあ、あなたに似てとても愛らしい姫だ。ディアト殿下も健やかにお育ちですし、ロトム王国は安泰ですね」
「大使だけだ、安心して話が出来る男は」
ああ、大使が私の家臣だったら良かったのに。……と思っていたのだが。
「実は今度結婚することになりまして」
「ほう、それはめでたい!」
これだよ。こういう報告が聞きたいのだよ私は。しかし大使は隣国の貴族。残念だが我が国の人材ではないのだ。
「で、お相手の女性はどんな方かな」
「いえ、男です」
あれっ?
「前々から慕ってくれていた若い部下の子なんですが、男同士ですし上司と部下だからそういう関係になる気は微塵もなかったんですよ。でも、ロトム王国に来て、皆さまの自由な恋愛を見て気持ちが変わりました」
わ、我が国の影響でアステラ王国の人材までもが。困ったらよその国から優秀な者を勧誘しようかという案もあったのだが考え直したほうが良いかもしれない。
そんな大使が褒めてくれたディアトだが、誰よりもミレーユにべったりしている。今まで自分より小さくて弱い存在などいなかったから守ってやらねばと思ったらしい。私やアリーラが引くほど過保護で困っている。
ミレーユの過ごす部屋には毛足の長い絨毯を敷き詰め、家具は全て角が丸いものに変更し、山ほどクッションを置いているのだが、これらの手配は全てディアトの指示だ。おかげで王宮のあらゆる場所がフカフカであたたかい。
「ミレーユはだれとも結婚なんかさせない。ずうっとお兄さまといっしょにいるんだもん。ねーっ?」
「あいっ」
妹に対する庇護欲と独占欲が強過ぎる。もしこのまま成長してしまったら、将来ミレーユの結婚の障害になりかねない。
「ローガン、私はどうしたら」
こんな時に頼れるのはローガンしかいない。だが、ローガンはアリーラと仲良く談笑している真っ最中だった。この兄妹は昔から本当に仲が良い。ディアトとミレーユも将来こんな感じになってくれたら良いのだが。
ふと、仲の良い兄妹とはどんな会話をするのだろうと興味が湧いたので聞き耳を立ててみた。
「ミレーユはジークによく似て美しく聡明に育つだろう。本当に良い子を産んでくれてありがとう、アリーラ」
「ええ。わたくしの子ということは、つまりお兄様の血も流れているということですもの。きっと賢い子になります」
……うん?
「子が成せないお兄様とジークに代わり、二人を繋ぐ架け橋となれたこと、わたくしは誇りに思っております。ディアトとミレーユはその証ですわ」
え、ちょっと待って。アリーラまで?
何を信じたらいいのかよく分からなくなってきた。いや、アリーラは浮気をしたわけではない。私を愛し、私の子を産んでくれた。だが、兄であるローガンのためだなんて聞いてない!
女神よ、あなたにはこの未来が見えていたのか?
心の中で問えば、虹色に輝く長い髪をなびかせた美しい女神が困ったように肩をすくめて笑う姿が脳裏に浮かんだ。
──ああ、やはり我が国はもうダメかもしれない。
【完】
最後までお読みいただき誠にありがとうございました!




