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『その心音に人形は踊る』~最弱探検者だった俺は、ゴーレムたちと最強を目指す~  作者: タヌッキ


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第九話 【機巧心】

「……きこうしん?」

「ああ。君に新しく発現したスキルだ」

「スキル……」


 一度、自分の耳を疑う。


「俺に、スキルがあるんですか?」

「そう言っている」

「本当に?」

「測定器が誤作動していなければな」


 その瞬間、全身の痛みも忘れて椅子から立ち上がった。


「俺にもスキルが――いっ!?」


 胸と脇腹へ強烈な痛みが走り、そのまま前のめりになる。


「馬鹿! 急に立つな!」


 京極さんが、慌てて俺の体を支える。


「すみません。嬉しくて、つい……」

「スキルを得た直後に病院で再入院するつもりか!」

「もう入院していますから、再入院にはならないと思います」

「そういう問題じゃねえ!」


 京極さんに支えられ、再び椅子へ腰を下ろす。

 痛みが落ち着くのを待ってから、改めて魔導具の文字を見つめた。


【機巧心】


 俺だけのスキル。


 これまでの俺には、戦闘で役立つような能力は一つもなかった。

 他の探検者が自分のスキルを使い、魔物を倒していく姿を何度も見てきた。


 ずっと、自分には縁のないものだと思っていた。

 それが今、目の前に表示されている。


「それで、この【機巧心】は、どんなスキルなんですか?」

「分からない」

「……はい?」

「協会が保有している記録を調べたが、同名のスキルは確認できなかった」

「では、どうやって使うんですか?」

「分からない」

「何ができるかは?」

「不明だ」

「肝心なことが全部分かっていないじゃないですか!」


 思わず机へ身を乗り出す。


「未知のスキルなのだから当然だ」

「せめて、名前以外に何か一つくらい教えてください!」


 研究員は少しだけ考えたあと、口を開く。


「エメットに『心臓』と呼ばれた白銀の光を与えられたあとに、発現した可能性が高い」

「それは俺でも分かります!」


 京極さんが腕を組み、魔導具に表示された文字を睨む。


「機巧ってのは、からくりや精密な仕掛けって意味だったな」

「はい」

「傀儡ダンジョンで出会ったエメットから与えられた力だ。人形と何か関係があるのかもしれねえな」

「可能性はある」


 研究員が答える。


「だが、現時点では推測にすぎない」

「試しに使ってみることはできますか?」

「そのつもりで、君をここへ呼んだ」


 研究員は机の引き出しから、小さな木製の人形を取り出した。


「これは?」

「魔力伝導性のある素材で作られた人形だ。君のスキルが人形に関連する可能性を考え、用意しておいた」

「これをどうすればいいんですか?」

「まずは、スキルを発動してみろ」

「発動……」


 俺は自分の胸へ手を当てた。

 目を閉じ、意識を内側へ向ける。


 トクン、トクンと脈打つ心臓へ意識を集中させる。


 検査では何の異常もないと言われた。

 それでも、エメットに白銀の光を押し込まれてから、自分の中で何かが変わったことだけは確かだった。

 胸の奥に眠っている、まだ正体の分からない力。

 その存在を意識しながら、俺は口を開いた。


「……【機巧心】」


 何も起きなかった。


 そっと目を開く。

 机の上の人形は、先ほどとまったく変わらない姿で置かれている。


「どうですか?」

「何も起きていない」

「ですよね」

「もう一度やれ」


 今度は先ほどより強く、胸の奥へ意識を集中させる。


「【機巧心】!」


 何も起きない。


「声量は関係ないと思うぞ」


 京極さんが呆れた声で言った。


「小さい声では、スキルに聞こえなかったのかもしれません」

「誰に聞かせるんだ」

「スキルにです」

「スキルに耳はねえだろ」


 確かにそうかもしれない。


 ならば、声以外の何かが必要なのだろうか。

 俺は一度立ち上がろうとして、先ほどの痛みを思い出し、大人しく座ったまま右手を胸へ当てる。

 左手を正面へ伸ばし、掌を人形へ向けた。


「【機巧心】――発動!」


 何も起きない。


 静まり返った検査室の中で、全員の視線が俺へ集まっている。


「今の動作には、何か意味があるのか?」


 研究員が尋ねてくる。


「格好をつけたほうが、発動しやすいかと思いまして」

「根拠は?」

「ありません」

「そうか」


 研究員の目が、さらに冷たくなった。


「そんな目で見ないでください。やっている本人が一番恥ずかしいんです」

「見ている俺も相当恥ずかしいぞ」

「京極さんまで!」


 東雲さんだけが、小さく手を叩いている。


「格好よかったわよ、湊君」

「東雲さんの優しさが、今は胸に刺さります……」

「傷が痛むの?」

「違います」


 気を取り直し、今度は人形へ手を置く。


「胸の中の魔力を、腕から手のひらへ流すように意識しろ」


 研究員の指示に従い、再び目を閉じる。

 胸の奥にある白銀の光を想像する。

 その力を少しずつ肩へ。

 腕へ。

 手のひらへ動かしていく。


「……っ」


 何かが流れたような気がした。

 けれど、目を開いても人形に変化はない。


 もう一度。

 さらにもう一度。

 時間だけが過ぎていく。

 額に汗が滲み、呼吸も少しずつ荒くなってきた。


「湊、もういい」

「あと少しだけです」

「傷が開いたらどうする」

「大丈夫です」

「その言葉は信用できねえと言っただろうが」


 それでも俺は手を離さなかった。

 せっかく手に入れた、自分だけのスキルだ。

 何ができるのか、少しでも知りたい。

 この力があれば、自分もようやく探検者として前へ進めるかもしれない。


 しかし。

 何度試しても、人形はまったく動かなかった。


「今日はここまでだ」


 研究員が、机から人形を取り上げる。


「でも、まだ――」

「発現したばかりの未知のスキルだ。すぐに扱えないとしても不思議ではない」

「……すみません」

「謝る必要はない。今後、条件を変えながら検査を続ける」

「はい……」


 期待が大きかった分、落胆も大きかった。

 ようやくスキルを得た。

 それなのに、使い方すら分からない。


「焦るな、湊」


 京極さんの大きな手が、俺の肩へ置かれる。


「お前は三か月間、何も得られないまま戦い続けてきたんだろ」

「……はい」

「それなら、数日くらい待てるはずだ」

「そうですね」


 京極さんの言うとおりだ。

 これまで何もなかったのだ。

 今は使えないだけで、俺の中に新しい力が存在していることは間違いない。


「傷を治すのが先よ」


 東雲さんが優しく微笑む。


「元気になったら、いくらでも練習できるわ」


「はい」


 俺はもう一度、魔導具へ表示された文字を見た。


【機巧心】


 その名前を、心の中で何度も繰り返す。

 それが何を意味しているのか。

 まだ、このときの俺には何も分からなかった。



 ◇ ◇ ◇



「勝手に練習するんじゃねえぞ」

「分かっています」

「無理に魔力を動かすな」

「はい」

「ベッドから抜け出して、どこかへ行こうとするな」

「子供じゃないんですから」

「子供より信用できねえ」

「そこまでですか?」


 検査を終え、病室へ戻ったあとも、京極さんの注意は続いた。


「京極さん。そろそろ支部へ戻りますよ」


 東雲さんが、京極さんの太い腕をつかむ。


「分かっている。引っ張るな」

「分かっている人は、病室の椅子へ座ろうとしません」

「少し休んでからでもいいだろ」

「駄目です」

「せめて湊の昼飯を見届けてから――」

「駄目です」


 京極さんの巨体が、東雲さんの細い腕に引かれて病室の外へ運ばれていく。


「では、湊君。また明日来るわね」

「はい。ありがとうございました」

「湊! 絶対に大人しくしてろよ!」

「分かっていますって!」


 最後まで不安そうな顔をしたまま、京極さんの姿が扉の向こうへ消えた。

 病室へ、静けさが戻ってくる。


「……俺って、そんなに信用ないのかな」


 誰もいない部屋で呟く。

 もちろん返事はなかった。


 ベッドへ横になり、白い天井を見上げる。

 検査結果は、決して悪いものではなかった。

 俺の体は、これからも魔素によって強くなることはない。


 だが、その代わりに魔力が成長する。

 さらに【機巧心】という、未知のスキルまで手に入れた。

 本来なら、飛び上がって喜んでもいい話だ。


 それなのに。


「エメット……」


 口から、自然と白銀の少年の名前がこぼれた。

 俺が助かったのは、エメットのおかげだ。


 だが、彼が今どこにいるのかは分からない。

 協会による調査は続いているものの、傀儡ダンジョンの中からエメットらしき姿は見つかっていないという。


 あのとき、エメットはどうなったのだろう。

 心臓を俺へ与えたことで、消えてしまったのではないか。

 もう二度と会えないのではないか。

 最悪の想像が、何度も頭へ浮かんでくる。


「……一度、ちゃんとお礼を言いたいのにな」


 たった一枚のチョコレート。

 俺があげたのは、それだけだった。


 それなのに、エメットは自分の心臓を差し出して、俺の命を救ってくれた。

 お礼の釣り合いが、まったく取れていない。

 次に会えたら、今度はもっと良いチョコレートを買ってあげよう。

 俺の懐事情で買える範囲になるが、板チョコ一枚よりは豪華なものを用意したい。

 ……それで心臓一個分のお返しになるとは思えないが。


 胸へ手を置く。


 トクン、トクン。


 掌の下で、心臓が普段どおりの鼓動を刻んでいる。

 検査では、何の異常も見つからなかった。


 エメットに押し込まれた白銀の光も、どこにも存在していないらしい。

 それでも、俺の体質は変わり、今まで存在しなかったスキルまで発現している。


「【機巧心】……か」


 エメットは、俺に何を残したのだろう。

 名前から考えれば、京極さんが言ったように、からくりや人形に関係する可能性が高い。


 でも先ほどの検査では、何も起きなかった。


 声に出しても。

 格好をつけても。

 人形へ魔力を流そうとしても。


 ……思い返すと、格好をつけた部分だけは記憶から消したくなってきた。

 あの研究員の冷たい目が、頭から離れない。


「いや、今は考えるのをやめよう」


 気分を変えるため、ベッド脇の棚へ手を伸ばす。


 そこには、東雲さんが持ってきてくれた果物の袋と、病院から借りた本が置かれている。

 その横に、小さな薄桃色の結晶が一つ転がっていた。


「……何だ、これ?」


 指先でつまみ上げる。

 親指の先ほどしかない、歪な形をした小さな魔石。


 見覚えがある。

 傀儡ダンジョンで何度もウッドパペットから取り出してきた、極小魔石だ。

 おそらく、救助隊が回収してくれた俺の荷物に紛れ込んでいたのだろう。

 ベッド脇に置かれた破れたリュックから、いつの間にかこぼれ落ちたらしい。


「よく割れなかったな……」


 あれだけ激しく戦ったのだ。

 剣は折れ、ジャージはボロ雑巾になり、俺自身も死にかけた。


 そんな中で、こんな小さな魔石だけが無傷で残っている。


 淡い光を反射する魔石を、指先で転がす。

 これ一つを協会へ持ち込んだところで、買い取り額はたかが知れている。


 だが、今の俺にとっては貴重な収入源だ。


「退院したら、忘れずに換金しないとな」


 そう呟いた、その瞬間だった。


 ドクン。


 胸の奥で、心臓がひときわ強く脈打った。


「……っ?」


 突然、頭の奥へ何かが流れ込んでくる。


「な、何だ……これ……」


 言葉ではない。

 誰かの声が聞こえるわけでもない。


 それなのに、今まで知るはずのなかった大量の情報が、次々と頭の中へ浮かび上がってくる。


 魔石の構造。

 内部を満たしている魔力の流れ。

 核として使用できる魔石の条件。


 そして――【機巧心】の使い方。


「これは……スキルの情報?」



 誰かから教わったわけでもない。

 本で読んだこともなければ、どこかで聞いた覚えもない。


 それでも、分かる。

 ずっと昔から知っていた知識を、今になって思い出したような、不思議な感覚だった。


 俺は手のひらに載せた魔石を見つめる。

 頭の中に浮かんだ情報は、これを使えと告げていた。


「魔石に……魔力を流す」


 検査室では、人形へ魔力を流そうとしても何も起きなかった。

 そもそも俺は、魔力の扱い方さえまともに分かっていない。


 だが今は、どうすればよいのかが自然と理解できた。

 胸の奥へ意識を集中させる。


 体の内側に存在する、これまで感じたことのない大きな力。

 その一部をすくい上げるようにして、心臓から腕へ。

 腕から手のひらへ。

 ゆっくりと移動させていく。


「……っ」


 指先が、わずかに熱を帯びる。

 次の瞬間、淡い銀色の光が手のひらから溢れ、魔石の中へ吸い込まれていった。


「入った……?」


 検査室では、何度試しても何も起きなかった。


 けれど、今ははっきりと分かる。

 自分の中にある魔力が、確かに魔石へ流れ込んでいる。

 淡い桃色だった魔石が、銀色の光を帯び始めた。


 やがて、歪な魔石の形がゆっくりと変わり始めた。


「う、動いてる……」


 硬い結晶が、熱で溶けた飴のように形を変えていく。

 飛び出していた角が滑らかに削れ、窪んでいた部分が内側から押し上げられる。

 ひび割れる音もない。

 欠片が削れ落ちることもない。

 魔石そのものが作り変えられるように、少しずつ整っていく。


 数秒後。

 俺の手のひらに載っていたのは、先ほどまでの歪な魔石ではなかった。

 表面に一切の凹凸がない、完全な球体。


「丸くなった……」


 驚いている暇はなかった。

 頭の中に浮かぶ情報が、次にすべきことを示している。


 俺は球体となった魔石を両手で包み込み、もう一度魔力を流した。


 先ほどのように、ただ注ぎ込むのではない。

 細く。

 正確に。

 決められた道筋をなぞるように、魔力を動かしていく。


「くっ……」


 額に汗が滲む。

 ほんの少しでも集中を乱せば、流している魔力が形を失いそうになる。


 俺は呼吸を整え、頭の中に浮かぶ情報へ従った。

 右へ。

 下へ。

 中心を通り、反対側へ。

 幾重にも枝分かれさせながら、魔力の通り道を組み上げていく。


 すると、球体の表面へ細い銀色の線が浮かび上がった。


「これは……回路か?」


 銀色の線は、俺が流す魔力に合わせて少しずつ伸びていく。

 直線。

 曲線。

 小さな円。

 複雑に交差する幾何学模様。


 まるで精密な機械の内部に張り巡らされた回路のような紋様が、球体全体へ刻み込まれていった。


 不思議なことに、迷いはなかった。

 次にどこへ魔力を流すべきなのか。

 どのくらいの量が必要なのか。

 何を間違えれば失敗するのか。

 すべて、頭の中に浮かんでくる。

 まるで【機巧心】そのものが、俺の手を導いているかのようだった。


「あと……少し……」


 最後の回路へ、慎重に魔力を流し込む。


 カチリ。


 どこかで小さな歯車が噛み合ったような音がした。

 次の瞬間、球体に刻まれたすべての回路が、白銀の光を放つ。


「うわっ……!」


 眩しさに目を細める。

 光はすぐに収まり、病室へ静けさが戻った。

 

 手のひらに残されていたのは、複雑な銀色の回路が刻まれた、小さな球体だった。


 もはや、ただの魔石ではない。

 魔力を蓄え、命令を受け取り、ゴーレムの体を動かすための中枢。

 誰かに教えられたわけでもないのに、その正体も、名称も、俺には自然と理解できた。

 完成した球体を見つめながら、ゆっくりとその名を口にする。


「ゴーレムコア……」


 ドクン。


 胸の奥で、心臓が力強く脈打った。

 それに応えるように、手のひらのゴーレムコアへ刻まれた銀色の回路が、淡く明滅した。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


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皆さまからの応援が、続きを書く大きな励みになります!


次の投稿は8月5日(水)20時20分になります!


次回も楽しんでいただけるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします!

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