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『その心音に人形は踊る』~最弱探検者だった俺は、ゴーレムたちと最強を目指す~  作者: タヌッキ


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第七話 目覚め

 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。


 何も見えない。

 音も、光も、手足の感覚さえない。

 自分がどこにいるのか。

 そもそも、自分が誰だったのかすら思い出せない。


 俺の意識は、どこまでも続く暗闇の中を、ただ静かに漂っていた。


 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。


 そんな暗闇の中で、規則正しく脈打つ心音だけが響き続けている。


 近いようで、遠い。

 自分の胸から聞こえているようにも感じるし、暗闇そのものが脈打っているようにも思えた。


 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。


 どれほど、そうしていただろう。

 時間の感覚など、とっくに失われていた。

 ただ心音だけが、俺の意識をこの場所へつなぎ止めている。


 やがて、その重い鼓動に別の音が混ざり始めた。


 ドクン。

 ピッ。

 ドクン。

 ピッ。


 初めは、遥か遠くから聞こえてくるような小さな音だった。


 ドクン。

 ピッ。

 ドクン。

 ピッ。


 けれど、その音は少しずつ近づいてくる。


 ドクン。

 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。


 いつしか胸の奥で響いていた重い心音は遠ざかり、代わりに一定の間隔で鳴る無機質な電子音が、意識の中を満たしていた。


 ピッ、ピッ、ピッ。


 その音に引き上げられるように、闇の底へ沈んでいた意識が、少しずつ浮かび上がっていく。


「……っ」


 重いまぶたを、ゆっくりと押し上げる。

 ぼやけた視界の中に映ったのは、見覚えのない真っ白な天井だった。


 鼻を突く消毒液の臭い。

 清潔なシーツの感触。

 体の上へ掛けられた布団の重み。

 腕には細い管がつながれ、ベッドの横に置かれた機械が、一定の間隔で電子音を鳴らしている。


「……ここ、は……」


 喉の奥から、掠れた声が漏れた。

 唾を飲み込もうとしただけで、乾き切った喉へ鋭い痛みが走る。


「湊!」


 すぐ近くから、空気を震わせる野太い声が響いた。

 驚いて顔を横へ向けようとする。


「うっ……!」


 その瞬間、全身へ鈍い痛みが広がった。


「動くな! まだ無理をするんじゃねえ!」


 大きな手が、俺の肩をそっと押さえた。

 視線だけを横へ動かす。


 ベッドの脇に置かれた椅子から立ち上がっていたのは、京極さんだった。


 いつもきれいに刈り込まれている短い髪は乱れ、目の下には濃い隈ができている。

 着ているシャツにも、いくつものしわが刻まれていた。


 いったい、どれくらい眠っていたのだろう。


「京極……さん……」

「俺が分かるか?」

「はい……。相変わらず、子供泣かせの顔ですね……」

「起きて最初に言うことがそれか!」


 怒鳴り声が、静かな病室へ響き渡った。


 その声を聞いた瞬間、なぜか胸の奥から力が抜ける。

 ダンジョンで最後に見た、血相を変えて駆け寄ってくる姿。

 俺を抱き起こした、大きく温かい手。


 どうやら、あれは夢ではなかったらしい。


「ここは……?」

「探検者協会と提携している病院だ。俺がお前を発見して、そのまま運び込んだ」

「病院……」

「ああ。傷もそうだが、ひどい出血だった。あと少し見つけるのが遅れていたら、助からなかったかもしれねえ」

「そう……ですか」


 改めて自分の体へ視線を落とす。


 胸や腕には分厚い包帯が巻かれ、点滴の管が左腕へつながっていた。

 布団の下に隠れている脚も、少し動かしただけで重い痛みを訴えてくる。


 本当に、死にかけていたらしい。


「助けてくれて……ありがとうございます」

「……俺だけじゃねえ。救助に参加してくれた連中にも、元気になったら自分の口で言え」

「はい」


 京極さんは短く答えると、強張っていた肩から力を抜いた。

 そのまま椅子へ腰を下ろし、深く息を吐く。


 普段なら、俺の軽口に拳の一つでも飛んできそうなものだ。

 だが、今は怒る気力すら残っていないように見える。

 それほど心配をかけてしまったのだろう。

 申し訳なさに胸が痛んだ。


 ……いや。

 これは普通に傷が痛んでいるだけかもしれない。

 今の俺には、どちらなのか判断できなかった。


「……あっ」


 そのとき。

 意識を失う直前の光景が一気に蘇った。


 白銀の髪。

 白いローブ。

 透き通るような白い肌。

 感情の薄い、不思議な銀色の瞳。


『僕の心臓を……あげる』


「京極さん!」

「急に大声を出すな! 傷が開くだろうが!」

「俺と一緒に子供がいませんでした!?」

「子供?」


 京極さんが怪訝そうに眉を寄せる。


「白い髪の男の子です。十歳くらいで、白い服を着ていて……俺の近くにいませんでしたか?」

「白い髪の、男の子……?」

「はい。名前はエメットです」

「……いや」


 京極さんの表情が、わずかに険しくなる。


「俺たちがお前を見つけたとき、そこにいたのはお前一人だけだ」

「一人……?」

「ああ。生きている人間はもちろん、子供らしい姿も見ていねえ」

「そんな……」


 布団の上で、拳を握り締める。


 エメットは、確かにいた。

 通路で一人立ち某けていた。

 俺が渡したチョコレートを食べた。

 俺と一緒に、大量のパペットから逃げた。

 そして最後には、自分の胸から白銀の光を取り出し、俺へ与えた。


 夢だったはずがない。

 あの冷たい手の感触も。

 胸の中へ光が沈んでいく感覚も。

 全身を焼き尽くすような、あの激しい熱も覚えている。


「子供はいなかったが、パペットの残骸は山ほどあった」


 京極さんは低い声で答えた。


「ウッドパペットだけじゃねえ。ナイトパペットの残骸まで、通路を埋め尽くすほど転がっていた」

「やっぱり……」

「周囲の地面や壁も、何かに抉られたように壊れていた。だが、動いている魔物は一体もいなかった」


 俺が意識を失う前に見た光景と同じだ。

 けれど、俺にはあれだけの魔物を倒した記憶がない。


 そもそも、ウッドパペット一体を倒すだけで死にかける俺が、ナイトパペットを含む大群を倒せるはずがなかった。


「湊」


 京極さんの声が、一段低くなる。

 顔を上げる。

 先ほどまで俺の無事に安堵していた表情は消え、探検者協会の支部長としての鋭い眼差しが、真っすぐ俺へ向けられていた。


「あの日……ダンジョンで何があった?」

「……」

「さっき言った白い髪の子供も含めて、覚えていることを全部話してくれ」


 当然の質問だった。

 俺自身、何が起きたのか理解できていない。

 だが、覚えていることならある。

 一度、ゆっくりと息を吸う。


「信じられない話かもしれません」

「ああ」

「それでも、俺が見たことを最初から全部話します」


 俺は、第五エリアでエメットと出会ったところから話し始めた。


 ◇ ◇ ◇


 話し終えても、京極さんは何も言わなかった。

 椅子へ深く腰を下ろし、太い腕を組んだまま、難しい表情で考え込んでいる。


 白銀の少年。

 ダンジョンだけを襲った大地震。

 軍隊のように動く、大量のパペット。

 パペット達に負けて死ぬところだったこと。

 パペットに襲われなかったエメット。

 俺の胸へ与えられた、白銀の光。

 

 どれ一つ取っても、普通の出来事ではない。


「やっぱり、信じられませんよね」

「いや」


 京極さんはゆっくりと首を横へ振った。


「お前が、こんなことで嘘をつく奴じゃねえことは分かっている」

「京極さん……」

「ただ、分からないことが多すぎる」


 京極さんの視線が、俺の胸へ向けられる。


「そのエメットって子供は何者なのか。どうしてパペットに襲われなかったのか。あの大量の残骸に関係しているのか」

「……はい」

「それに、お前の胸へ入れたっていう光もだ」


 ドクン。

 まるで京極さんの言葉へ反応するように、胸の奥で重い鼓動が響いた。


「今、協会の人間が、ダンジョンを詳しく調べている。だが、現時点では、何が起きたのか分かっていねえ」

「エメットのことは……」

「協会の人間にも捜させる。ただし、今の傀儡ダンジョンは全面封鎖中だ」

「全面封鎖?」

「ああ。どうやらあの地震は、傀儡ダンジョンとその周辺だけで起きていたようだ」


 京極さんは重々しく息を吐いた。


「あまりの揺れに、中にいた探検者たちは探索を中断して、地上へ戻ってきた。幸い、死者は出ていない。落ちてきた瓦礫に当たったり、逃げる途中で転んだりして怪我をした奴はいるがな」

「それなら、よかった……」

「だが、戻ってきた連中の中に、お前がいなくってな」

「……」

「救助隊を編成して、すぐにダンジョンへ入った。俺も一緒にな」

「ちょっと待ってください!」


 思わず声を上げた瞬間、胸に鋭い痛みが走った。


「っ……!」

「だから大声を出すな!」

「でも、京極さんは支部長でしょう!?何で支部長が危険なダンジョンへ入ったんですか!?」

「お前を助けるためだ!」

「もっと自分の立場を考えてください!」

「第一階層で死にかけるお前に言われたくねえ!」

「それとこれとは別の話です!」

「どこが違う!」


 二人分の怒鳴り声が、病室へ響き渡る。

 次の瞬間。

 勢いよく扉が開いた。


「病院では、お静かにお願いします」


 そこには看護師さんが、笑顔で立っていた。

 口元は笑っている。

 だが、目はまったく笑っていない。


「「……すみません」」


 俺と京極さんは、同時に頭を下げた。


 どうやら、この病室における最高権力者は、探検者協会の支部長でも患者でもなく、看護師さんらしい。

 看護師さんは、もう一度だけ俺たちを鋭く見回してから、静かに扉を閉めた。


「……それで、救助隊が入ったとき、第一階層に動いている魔物は一体もいなかった」


 先ほどより、かなり声量を抑えて京極さんが話を再開する。

 看護師さんの力は偉大だ。


「俺たちは第一階層を進み、お前を見つけた。周りに転がっていたのは、ウッドパペットとナイトパペットの残骸だけだった」

「エメットは、どこにも……」

「ああ。だがな……」


 京極さんは真っすぐに俺を見つめる。


「お前の話が本当なら、その子供が今回の異変に関わっている可能性は高い。ダンジョン内部の安全が確認でき次第、協会でも本格的に調査する」

「お願いします」

「ただし、お前は休め。調査にも探索にも絶対についてくるな」

「まだ何も言っていませんよ」

「顔に書いてある」


 そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。

 俺は自分の頬へ手を当てようとして、途中で痛みに負けて諦めた。


「……あっ」


 そこで、もう一つ大切なことを思い出した。


「今度は何だ?」

「京極さん……俺の装備は?」

「装備?」

「剣と戦闘服です。ちゃんと持ち帰ってくれましたか?」

「……ああ。持ち帰りはした」


 なぜか言葉を濁しながら、京極さんはベッド脇に置かれていた大きなビニール袋を引き寄せた。


 嫌な予感がする。


 袋の中から出てきたのは、血と泥で赤黒く染まり、あちこちが無惨に引き裂かれた布の塊だった。


「……これは?」

「お前のジャージだ」

「嘘ですよね?」

「残念ながら現実だ」


 言われてよく見ると、胸元に卒業した高校名の刺繍が、わずかに残っていた。

 どうやら、俺の青春と戦闘服を兼任していた紺色ジャージは、俺より一足先に寿命を迎えてしまったらしい。


 今までありがとう。

 君のことは忘れない。

 ……たぶん、次の燃えるゴミの日までは。


 そして、その隣に置かれていたのは、刃が中ほどから折れ、柄までひび割れた鉄剣だった。


「あああああ……!」

「ジャージより反応が大きいな」

「当たり前ですよ! 戦闘服は家に替えがありますけど、剣の替えはありません!」

「お前、ジャージの予備はあるのか?」

「高校時代の洗い替えが、二着ほど」

「もうジャージを戦闘服と呼ぶのはやめろ」


 京極さんは深々とため息を吐いた。

 俺は折れた剣を見つめる。


 安物だった。

 刃こぼれも多かった。

 柄に巻かれた布も、すっかり擦り切れていた。


 それでも、探検者になってから三か月間、ずっと一緒に戦ってきた相棒だ。


「どうしよう……。俺、明日から何を使って戦えば……」

「待て」

「はい?」

「お前、今さっき死の淵から目を覚ましたばかりだぞ?」

「そうみたいですね」

「それで真っ先に考えることが、明日の探索なのか?」

「お金は必要ですので」

「傀儡ダンジョンは全面封鎖中だと言っただろうが!」

「では、封鎖が解かれたあとの探索についてです」

「退院したら、また潜るつもりなのか!」

「剣が用意できれば」

「剣があるかどうかの問題じゃねぇ!」


 京極さんの怒鳴り声が、再び病室を揺らした。


 直後。

 扉が、ゆっくりと少しだけ開く。


「……お静かにと、お願いしましたよね?」


 開いた扉の隙間から、先ほどの看護師さんが顔の半分だけを覗かせていた。


「……」


 京極さんの巨体が、わずかに縮こまる。


「すみません……」


 かつて数々の魔物を倒し、名の知られた凄腕探検者だった男。

 探検者協会八王子支部の頂点に立つ支部長。


 そんな京極秀雄にも、勝てない相手は存在するらしい。

 俺は、また一つ大切なことを学んだ。


 病院では、静かにしよう。


 そして今度こそ、京極さんと二人で深く頭を下げた。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


実際に書いていると改めて感じますが、やっぱり小説を書くのは難しいですね……!


「これで問題ない!」と思って投稿しても、あとから読み返してみると、文章に違和感があったり、展開のテンポが悪く感じたりして、何度も修正することになっています(泣)


少しでも文章を上達させるため、最近はいろいろな動画や資料を見ながら猛勉強中です!


まだまだ試行錯誤の連続ですが、読んでくださっている皆さんに、より楽しんでいただける物語をお届けできるよう頑張ります!


少しでも『続きが気になる!』『面白かった!』と感じていただけましたら、ぜひ《ブックマーク》や《評価》で応援していただけるとうれしいです!


皆さまからの応援が、続きを書く大きな励みになります!


次の投稿は8月3日(月)20時20分になります!


次回も楽しんでいただけるよう精いっぱい頑張りますので、これからもよろしくお願いします!

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