第三話 白銀の少年 ☆
「……っ、がっ!」
鈍い衝撃が、手首から肩まで一気に突き抜けた。
全力で振り下ろした鉄剣は、硬質な木の体へまともに食い込むことなく、甲高い音を立てて弾き返される。
反動で両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。
柄を強く握り締め続けたせいで裂けた手のひらも、火を押し当てられたように痛む。
「くっ……!」
奥歯を噛み砕きそうなほど力を込め、後ろへよろめきかけた体をどうにか踏みとどまらせた。
目の前でウッドパペットが不規則に関節を動かしながらよろめいている。
「そらっ、もう一発……!」
悲鳴を上げる両腕へ無理やり鞭を打ち、俺は再び鉄剣を振り上げた。
しかし、その動きは自分でも嫌になるほど遅い。
他の探検者なら片手でも難なく扱える程度の剣だ。
けれど、俺には両手でどうにか振り回すのが精いっぱいだった。
石床を踏み締め、腰をひね、残っている力を、すべて刃へ乗せる。
「うおおおっ!」
狙うのは、先ほどと同じ右肩。
一度で斬れないのなら、二度、三度と同じ場所を叩けばいい。
どれほど分厚い硬い木の体でも、傷を重ねていけば、いつかは砕けるはずだ。
剣先が空気を切り裂き、ウッドパペットの肩口へ叩き込まれる。
――ガキィッ!
渾身の一撃は、木製の肩へ数ミリ食い込んだだけだった。
乾いた木片が弾け飛び、石床の上を転がっていく。
でも傷はついた。
「まだまだァァァッ!!」
「ギギ……ガガ……」
不気味な軋み音を響かせ、ウッドパペットが反撃に出る。
傷ついたはずの右肩を平然と動かし、腕を大きく振り上げた。
「っと、危ねえ!」
俺は慌てて身を捩った。
次の瞬間、木製の腕がブオンッと重い風切り音を立て、目の前を通過する。
完全には避けきれなかった。
拳の先端が、ジャージの袖を掠める。
ただそれだけで布地が裂け、露出した皮膚に焼けるような鋭い痛みが走った。
「つぅ……!」
数歩後ろへ下がり、傷ついた腕を一瞬だけ押さえる。
直撃はしていない。
それでも腕はじんじんと痺れ、指先まで細かく震えていた。
もし今の一撃をまともに受けていたら、骨の一本や二本では済まなかっただろう。
口の中へ広がった鉄錆のような血の味を、唾と一緒に吐き捨てる。
ウッドパペットが、再びぎこちない足取りで迫ってくる。
こういった無機質系の魔物は、同級の魔物の中でも、特に体が頑丈だ。
また痛みもなければ、恐怖もない。
どれだけ剣で傷をつけても怯まず、たとえ腕を切り落とされたとしても、残された部位だけで機械的に攻撃を続ける。
完全に動きを止めるには、胸の奥にある魔石を砕くのが一番手っ取り早い。
だが、それでは困る。
粉々になった魔石は、協会へ持ち帰っても一円にもならない。
何時間も歩き回り、全身を傷だらけにし、命懸けで魔物を倒した結果が完全なタダ働き。
そんな悲しい結末だけは、どうしても避けたかった。
「だから、こうやって……地道に削るしかないんだよな……っ!」
狙いを肩から脚へ切り替える。
俺は不格好な木こりのように、ウッドパペットの右膝へ何度も剣を打ちつけた。
一度。
二度。
三度。
刃が硬い関節へ当たるたび、激しい反動が手首を突き抜ける。
五度。
八度。
十度。
息が上がり、視界が汗で滲み始める。
潰れた手のひらのまめから血が滲み、柄が少しずつ滑りやすくなっていった。
「もっとっ!」
十一度。
十二度。
ウッドパペットの腕が、俺の肩を掠めた。
ズシリと重い衝撃が走り、左腕が一瞬だけ痺れる。
だが、手は止めない。
ここで距離を取れば、また最初から攻め直さなければならない。
これまでの苦労がすべて無駄になる。
「あと、少し……!」
十五度。
十六度。
傷口が徐々に大きくなる。
ウッドパペットが拳を振り上げるが、俺はぎりぎりまで引きつけ、横へ転がるようにして避けた。
木製の拳が石床へ叩きつけられ、細かな欠片が飛び散る。
体勢を崩した。
今だ。
「これで……どうだっ!」
俺は立ち上がる勢いをそのまま利用し、傷だらけになった膝関節へ鉄剣を振り下ろした。
――バキィッ!
乾いた破砕音が、通路へ響き渡る。
「よしっ!」
ウッドパペットの右膝が、ついにへし折れた。
片脚を失った人形の体が大きく傾き、そのまま前のめりに石床へ倒れ込む。
ガンッ、と木製の頭部が硬い床へぶつかった。
俺はすぐさま背後へ回り込み、その背中へ馬乗りになる。
ウッドパペットが、壊れていない左腕を振り回した。
「大人しく……してろっ!」
俺は暴れる腕を片膝で押さえ込み、首の付け根へ剣先を当てた。
ここは胴体よりも細い。
それでも、今の俺の力では簡単に貫けるような場所ではなかった。
柄の頭へ両手を重ね、全体重を剣へ乗せた。
「おおおおおっ!」
刃が、少しずつ木の中へ沈んでいく。
メキッ。
メキョッ。
くぐもった音とともに、硬い木材が裂けた。
ウッドパペットの体が、ビクンと大きく跳ねる。
それでも俺は剣を押し込み続けた。
「止まれ……止まれ……!」
もう一度、体重をかける。
刃が首の奥深くまで到達し、頭部と胴体が完全に断ち切られた。
ウッドパペットの体から、ふっと力が抜ける。
大きく振り回されていた腕が石床へ落ち、それきり動かなくなった。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
しばらく、その背中に馬乗りになったまま荒い呼吸を繰り返す。
動かない。
完全に止まった。
それを確かめてから、俺はようやく剣の柄から手を離した。
「勝った……」
最下級の魔物一体を倒しただけだ。
胸を張って自慢できるような戦果ではない。
それでも、俺にとっては間違いなく命懸けの勝利だった。
パペットの背中から転がり落ちるように降り、冷たい石床へ尻をつく。
頭上を仰ぎながら空気を大きく吸い込んだ。
「……しんどすぎるだろ」
両腕が震えている。
手のひらは血で濡れ、左肩には重い痛みが残っていた。
この状態で次の魔物と遭遇すれば、まず勝てない。
俺はしばらくその場で休み、荒れた呼吸が落ち着くのを待った。
それから剣を取り直し、ウッドパペットの胸の中央へ刃を差し入れた。
魔石を傷つけないよう、少しずつ周囲の木を削っていく。
急いではいけない。
ここで刃先を滑らせ、苦労して守った魔石を割ってしまえば、これまでの死闘が本当にただ働きになってしまう。
慎重に木片を取り除いていくと、奥から淡い桃色の光が漏れ始めた。
「よし……無事だ」
親指の先ほどしかない、小さな魔石。
それを取り出し、布袋の中へ落とす。
カラン、と軽い音が鳴った。
ひどく寂しい音だった。
「これで、ようやく一体目か……」
ダンジョンへ入ってから、すでに一時間近く経っている。
移動時間を含んでいるとはいえ、この調子では昨日の七個にすら届かないかもしれない。
俺は水を一口だけ飲み、傷ついた手のひらへ簡単な処置を施した。
そして重い腰を上げると、再び魔物を探して第五エリアの奥へ歩き始めた。
◇ ◇ ◇
それから三時間。
俺は第五エリアを歩き回り、見つけたウッドパペットを一体ずつ倒していった。
もちろん、簡単に倒せたわけではない。
二体目には脇腹を殴られ、しばらく息ができなくなった。
三体目との戦いでは剣を弾き飛ばされ、床を転がりながら必死に拾い直した。
四体目を倒した頃には両腕の感覚が怪しくなり、五体目を仕留めたときには、その場から立ち上がるだけで数分を必要とした。
最後の個体の胸から、薄桃色の魔石を削り出す。
震える指で布袋へ落とすと、先に入っていた四つの魔石とぶつかり、カラカラと頼りない音を立てた。
「……やっと、五つ目か……」
血と汗で滑る手をジャージの腹で拭い、腕時計へ目を落とす。
ダンジョンへ入ってから、すでに四時間以上が経過していた。
疲労は限界に近い。
全身の筋肉が悲鳴を上げているし、ジャージの下には無数の擦り傷と打撲が刻まれている。
「……あと一体」
自分へ言い聞かせるように呟く。
「あと一体倒したら、今日は上がろう」
本音を言えば、今すぐ地上へ戻りたかった。
温かい風呂に入り、布団へ倒れ込みたい。
だが、魔石が五個では、剣の手入れ代と傷薬を買えば、今日の夕食が少し寂しいことになる。
せめて、もう一個。
それだけ手に入れたら帰ろう。
帰還予定時刻を過ぎれば、京極さんが本当に血相を変えて捜索隊を送り込んでくる。
あの強面おっさんが、怒鳴りながらダンジョンを走り回る姿を想像し、俺は小さく息を吐いた。
「心配されるのはありがたいけど、迎えに来られたら一生言われるだろうな……」
『最下級の魔物を狩っていて、支部長に迎えに来てもらった探検者』
漏らした件に続いて、そんな不名誉な伝説まで追加するわけにはいかない。
水筒を取り出し、生ぬるくなった水を一口だけ喉へ流し込む。
それから痛む体へ鞭を打ちながら立ち上がった。
次の獲物を探しながら、交差路を曲がった――そのときだった。
「……え?」
薄暗い通路の先に、誰かが立っていた。
俺は思わず足を止め、息を呑む。
ひどく場違いな光景だった。
カビ臭く、灰色一色のダンジョン。
その中に、透き通るような『白』が、ぽつんと立っている。
ウッドパペットではない。
武装した探検者でもない。
十歳にも満たないような、小さな少年だった。
青白い光を受け、その髪が淡い銀色の輝きを帯びていた。
肌は陶器のように白く、ゆったりとしたローブも、同じ白銀色だった。
「……魔物か?」
反射的に鉄剣を構えかける。
だが、すぐに動きを止めた。
少なくとも、協会の資料に記録されている第一層の魔物に、あんな姿をしたものはいない。
この第五エリアに現れるのはウッドパペットだけだ。
「……迷い込んだ子供なのか?」
それも不自然だった。
厳重に管理されたダンジョンへ入るには、協会の認証ゲートを通過しなければならない。
探検者ライセンスを持たない子供が、一人でここまで来られるはずがないのだ。
精巧に作られた人形。
あるいは、ダンジョンが生み出した幻影。
そう疑いたくなるほど、その姿は現実離れしていた。
特に目を引いたのは、少年の瞳だった。
磨き上げられた水晶のように透き通った、白銀の瞳。
それは、通路の何もない一点を、ただ真っすぐに見つめていた。
子供がこんな場所へ迷い込めば、普通なら泣き叫んでいるはずだ。
暗闇に怯え、両親を呼び、出口を求めて走り回るだろう。
しかし、少年からは恐怖も、不安も感じられない。
それどころか、瞬きさえほとんどしていなかった。
まるで、時間そのものから切り離されているかのように。
少年はただ、そこに『在った』。
近づいてはいけない。
本能が、そう囁いている。
けれど、見なかったことにして立ち去るわけにもいかなかった。
もし本当に迷子なら、このまま放置すれば間違いなく命を落とす。
「おーい……君」
できるだけ驚かせないよう、声を落として呼びかける。
少年の頭が、ゆっくりとこちらへ向いた。
白銀の瞳と目が合う。
「……っ」
背筋を、冷たいものが這い上がった。
俺を見ている。
けれど、その瞳には俺の姿が映っていないようにも思えた。
底のない何かを覗き込んだような、何もない目だった。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと近づく。
少年は逃げようとしなかった。
俺の動きを、目で追っているだけだ。
手を伸ばせば届く距離まで近づき、俺はその場へしゃがみ込んだ。
視線の高さを合わせる。
至近距離で見ても、やはり人間離れした美しさだった。
白い肌には傷どころか、毛穴すら見当たらない。
生きている人間というより、名のある職人が作り上げた美しい人形のようだ。
「君、どうしてこんなところにいるんだ?」
できる限り優しい声で問いかける。
「どこから来た? 誰かと一緒だったのか?」
少年は答えない。
無表情のまま、俺の顔を見つめ返している。
「迷子か? お父さんやお母さんとはぐれたのかな」
反応はなかった。
(言葉が通じないのか?)
外国の子供なのかもしれない。
それとも、恐怖で声が出せないのだろうか。
しかし、怯えているようには見えなかった。
泣いてもいない。
震えてもいない。
呼吸しているのかさえ、よく分からないほど静かだった。
少年は動かない。
俺も、次に何をすればいいのか分からず動けない。
(このままお見合いを続けても仕方ないよな……)
無理にでも抱えて、地上へ連れて帰るべきだろうか。
触れた途端に泣き叫ばれたらどうする。
俺が対応に頭を悩ませていた、まさにそのときだった。
――きゅるるるるるるるぅぅっ。
張り詰めた静寂の中に、見事な腹の虫が鳴り響いた。
「……へ?」
あまりにも場違いな音に、間の抜けた声が漏れる。
音の出どころは、目の前の少年。
白銀のローブに包まれた、小さなお腹だった。
少年が、ほんのわずかに視線を下げる。
「もしかして……腹が減ってるのか?」
返事はない。
けれど、その沈黙は先ほどまでとは少しだけ違って感じられた。
神秘的で近寄りがたい雰囲気と、盛大な腹の音。
あまりの落差に、体へ入っていた力が抜ける。
「なんだ。そういうことなら、先に言ってくれればいいのに」
話してくれないのだから、言えるはずもない。
自分で口にしてから気づき、俺は小さく苦笑した。
肩からリュックを下ろし、中を探る。
取り出したのは、非常食として持ち歩いているチョコバーだった。
安売りの日にまとめて買った、ひどく甘いやつだ。
高級品ではないが、疲れた体へ流し込むカロリーだけは十分にある。
包装を剥がし、少年の前へ差し出した。
「これ、食べるか?」
少年は、差し出されたチョコバーをじっと見つめた。
すぐには手を伸ばさない。
やがて顔を少しだけ近づけると、子犬のように小さく鼻を動かし、甘い匂いを確かめた。
少年はおずおずと白い手を伸ばし、チョコバーを受け取った。
指先が、俺の手に触れる。
「冷たっ……」
思わず声が漏れた。
氷水へ長時間浸していたような冷たさだった。
生きている人間の体温とは思えない。
少年は俺の反応を気にする様子もなく、チョコバーを両手で大事そうに持ち直した。
それから、小さな口を開き、端を恐る恐るかじる。
――もぐ。
――もぐ。
時間をかけて、ゆっくりと咀嚼する。
すると、それまで何も映していなかった白銀の瞳が、ほんのわずかに見開かれた。
「……おいし……」
「おおっ、話せるんだな!」
初めて聞いた少年の声に、思わず身を乗り出す。
小さく、途切れ途切れの声だった。
それでも胸の中へ溜まっていた警戒心が、ほんの少しだけ緩む。
人形のように美しい見た目。
異常に冷たい手。
感情の見えない瞳。
不自然なところはいくつもある。
それでも、チョコをおいしいと言って食べる姿を見ていると、少なくとも今すぐ俺へ襲いかかってくる化け物には思えなかった。
「ゆっくり食べていいぞ。水も飲むか?」
水筒を差し出す。
少年は何も言わず、両手で受け取った。
チョコを少しかじっては、何度も味を確かめるように噛む。
チョコが珍しいのだろうか。
最後の一口を水と一緒に飲み込むまで、俺は黙ってその様子を見守った。
少年が水筒を返してきたところで、改めて問いかける。
「俺は湊。天城湊だ」
自分の胸へ手を当て、それから少年を指す。
「君の名前は?」
少年はしばらく黙っていた。
質問の意味を考えているようにも、遠い記憶を探しているようにも見える。
やがて、小さな唇が動いた。
「……エメット」
「エメット?」
日本ではあまり聞かない名前だ。
やはり外国から来た子供なのだろうか。
だとしても、どうやって厳重な管理区域へ入り込み、認証ゲートを通過して、第一階層の外れまでたどり着いたのか。
疑問はまだまだある。
だが、ここで延々と質問を続けることはできない。
第五エリアは比較的安全とはいえ、ここはダンジョンだ。
いつ魔物が現れてもおかしくない。
「エメットだな」
俺は立ち上がり、少年へ手を差し出した。
「ここは危ない。詳しい話は外に出てから聞くから、とりあえず一緒に来てくれ」
エメットは、差し出された俺の手を見つめた。
だが、握ろうとはしない。
「ほら。出口まで案内するよ」
もう一度促してみる。
反応はなかった。
チョコを食べていたときのわずかな変化も消え、再び最初と同じ無表情へ戻っている。
「エメット?」
しゃがみ込み、顔を覗き込む。
「足が痛いのか? それとも、疲れて歩けない?」
返事はない。
俺の手を見つめたまま、その場から一歩も動こうとしなかった。
「どうしたものかな……」
困り果て、頭を掻く。
抱き上げて連れていくしかないのだろうか。
子供だし、それほど難しくはない。
そう考えてエメットへ手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
――ズズ……。
足裏へ、ごく微かな振動が伝わってきた。
「ん?」
俺は手を止め、石床へ視線を落とす。
気のせいだろうか。
いや。
まだ揺れている。
微細な振動が、足元からじわじわと這い上がってきていた。
「なんだ、これ……」
地の底から巨大な何かが唸っているような低い音が、次第に大きくなっていく。
ズズズズズ……。
壁へ埋め込まれた青白い鉱石が、かすかに明滅した。
「まさか……」
次の瞬間。
ズゴゴゴゴゴゴッ――!
「な、なんだっ!?」
世界そのものが、激しく揺れた。
石床が上下左右へ跳ね回る。
壁も天井も、巨大な獣の腹の中へ飲み込まれたかのように、不気味な軋み声を上げ始めた。
「うわっ!」
俺はよろめきながら近くの壁へ手をつき、どうにか転倒を免れた。
天井から、細かな石の粉がパラパラと降り注ぐ。
(地震……?)
いや。
そんなはずはない。
俺が知っている限りでは、ダンジョンは地上とは異なる空間として存在している。
少なくとも過去の記録では、地上で起きた地震の揺れが、ダンジョン内部まで伝わった例は一度もないはずだ。
それなのに。
今、ダンジョンはまともに姿勢を保てないほど激しく揺れている。
地上の地震ではない。
ダンジョンそのものに、何かが起きている。
「まずい……!」
経験の浅い俺でも分かる。
これは、絶対に起きてはならない異常事態だ。
心臓が早鐘を打ち始める。
全身の毛穴が開き、冷たい汗が一気に噴き出した。
天井から落ちてきた砂が、次第に小石へ変わっていく。
エメットは、揺れる通路の中央に立ったままだった。
逃げようともしない。
何が起きているのか理解していないのか、ただ静かに天井を見上げている。
その頭上で。
――メキッ。
石が割れる、不吉な音がした。
「危ないっ!」
俺はエメットへ手を伸ばした。
考えるより先に、体が動いていた。
細い体へ飛びつき、そのまま石床へ押し倒す。
エメットの上へ覆い被さり、自分の背中を天井へ向けた。
直後。
バラバラバラッ!
無数の石片が、俺の背中と周囲の床へ容赦なく降り注いだ。
「ぐっ……!」
硬い石が肩へぶつかり、鋭い痛みが走る。
それでも俺は頭を下げ、エメットの小さな体を両腕の中へ覆い隠した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
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物語とあわせて、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
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※2026/07/30_地の文修正




