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バル  作者: 隣の猫
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ナイルアルタ



冷たい風が頬を撫でる。


ベスはゆっくりと目を開いた。


見慣れない洞窟。


全身が焼けるように痛む。


「……ここは。」


重い身体を起こす。


腰には白銀の剣が戻されていた。


周囲を見渡しても、巨大な魔狼の姿はない。


「どこへ行った……。」


返事はない。


ベスは剣を腰に差し、洞窟の外へ足を踏み出した。


そこは深い霧に包まれた渓谷だった。


人の気配はない。


聞こえるのは風の音だけ。


「団長……。」


思わず呟く。


誰も答えない。


一人だった。




ガサッ。


小さな音。


ベスは反射的に剣を抜いた。


岩陰から現れたのは、一頭の黒い狼だった。


まだ若い。


身体つきも細く、大人の魔狼ほどの威圧感はない。


しかし、その瞳は獲物を狙う獣そのものだった。


「子ども……か?」


次の瞬間。


子狼が飛びかかる。


ベスは一歩踏み込み、剣を振るう。


子狼は空中で身体をひねり、紙一重でかわした。


「速い!」


地面へ着地すると、すぐに距離を取る。


まるで様子を見ているようだった。


ベスが構え直した瞬間、再び飛び込んでくる。


何度も。


何度も。


鋭い牙が腕を掠める。


肩を裂く。


足へ噛みつく。


「くっ!」


反撃すると、子狼はすぐ霧の中へ消えた。


「逃げた……?」


そう思った、その時。


別の方向から唸り声が響く。


二頭。


三頭。


五頭。


新たな子狼たちが姿を現した。


「……嘘だろ。」




戦いは終わらなかった。


一群れが去れば、別の群れ。


また別の群れ。


子狼たちは入れ替わるように襲いかかってくる。


一頭一頭は決して強くない。


だが、数が多すぎた。


休む時間を与えない。


水を飲む暇もない。


座ることさえ許されない。


まるで獲物を追い詰めるように、執拗に牙を向けてくる。


ベスは歯を食いしばった。


「何なんだ……!」


剣を振るう。


また一頭。


さらに一頭。


しかし次の瞬間には、別の牙が肩へ食い込む。


「ぐぁっ!」


血が飛び散る。


倒れそうになる身体を無理やり支える。


「まだ……。」


「まだ倒れられない。」




日が傾き始める。


戦い続けた時間など、もう分からない。


服は裂け、全身が傷だらけだった。


呼吸は荒く、視界も霞み始める。


それでも子狼たちは襲ってくる。


容赦なく。


執拗に。


ベスはふらつきながら剣を構えた。


その時だった。


子狼たちが一斉に動きを止める。


全員が同じ方向を向き、静かに道を開いた。


「……?」


重い足音が響く。


ドン。


ドン。


霧の奥から、一頭の大きな狼がゆっくりと姿を現した。


子狼とは比べものにならない体格。


鋭く光る黄金の瞳。


身体中に無数の古傷を刻んだ成狼だった。


成狼はベスを見据え、静かに唸る。


その威圧感だけで空気が震えた。


ベスは震える腕で白銀の剣を構える。


息は乱れ、膝も笑っている。


それでも一歩も退かなかった。


「……次は、お前か。」


成狼は低く咆哮を上げる。


その声を合図にするように、子狼たちも再び牙を剥いた。






















忘却の渓谷は、まだベスを解放しようとはしなかった。

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