メグ
敵が退いたアルセリアには、重苦しい静寂が漂っていた。
兵士たちは街の警戒を続け、リシアは治療師たちと共に負傷者の手当てに追われている。
ベスは城門の上から街を見渡していた。
黒い霧は薄れてきたものの、不気味な気配だけは消えない。
あの霧の奥で見た巨大な影。
あれが何だったのか、誰にも分からなかった。
「みんな、大聖堂へ来てください。」
ルキウスの呼びかけで、灰鷹は再び祭壇へ集まる。
祭壇の上には、古びた石板が置かれていた。
先ほどまで何も刻まれていなかったその石板には、新たな文字が浮かび上がっている。
アイラが目を見開く。
「文字が……。」
ルキウスは静かに頷いた。
「継承の試練が終わったことで、封印が反応したのでしょう。」
「封印?」
ベスが尋ねる。
ルキウスは石板に刻まれた文字を指でなぞった。
「神代では、一つの真実がそのまま後世へ残されることはありませんでした。」
「世界を揺るがす真実は、複数の封印によって分けられ、それぞれ異なる場所へ隠されたのです。」
祭壇に沈黙が流れる。
「つまり……。」
ガルドが口を開く。
「ここは、その一つだったってことか。」
「はい。」
ルキウスは静かに答えた。
「継承の試練は、継承者を選ぶためだけのものではありません。」
「神代の真実へ至る――第一の封印でもあったのです。」
アイラは石板を見つめながら呟く。
「だから黒い霧が……。」
「ええ。」
ルキウスは表情を曇らせる。
「封印は真実だけではなく、それへ近づこうとする存在すら抑えていました。」
「第一の封印が解かれたことで、その均衡が崩れ始めたのです。」
ベスは静かに白銀の剣を見つめる。
「じゃあ俺は……。」
「封印を解いたってことか。」
「あなた一人の責任ではありません。」
ルキウスは首を横へ振る。
「いつかは誰かが辿り着いたでしょう。」
「ですが、その役目を果たしたのが、あなただったのです。」
その時、一人の兵士が駆け込んできた。
「ルキウス様!」
「各地から伝令です!」
机の上へ広げられた地図には、赤い印が次々と記されていく。
「東部の遺跡で地震が発生!」
「北方では古代神殿の封鎖が崩壊!」
「南方では黒い霧の発生を確認!」
ルキウスは目を閉じた。
「……始まりましたか。」
レオンが息を呑む。
「全部、繋がってるのか?」
「ええ。」
「第一の封印は、他の封印と共鳴しています。」
「一つが解かれたことで、残る封印も少しずつ目覚め始めたのでしょう。」
場面は変わる。
黒い霧の彼方。
ノクスは静かに空を見上げていた。
部下が報告する。
「アルセリアの確認は完了しました。」
ノクスは短く頷く。
「ご苦労。」
「継承者は……。」
部下が言いかけると、ノクスは静かに遮った。
「違う。」
「重要なのは継承者ではない。」
「第一の封印が解かれた。」
その一言に、部下の表情が変わる。
「では……。」
「ああ。」
ノクスは黒い霧の向こうを見据える。
「止まっていた世界が、再び動き始めた。」
「残る封印も、いずれ解かれる。」
霧の奥で、巨大な影がゆっくりと身じろぎする。
ノクスはその姿を見つめ、静かに呟いた。
「急ぐ必要はない。」
「継承者は、自ら次の封印へ辿り着く。」
その口元に浮かんだ笑みは、不敵でありながらどこか確信に満ちていた。
世界はまだ知らない。
神代が隠した真実が、少しずつその姿を現し始めていることを。




