ミラベル
ベスの指先が、ゆっくりと白銀の柄へ触れる。
ひんやりとしているはずなのに、不思議な温もりが掌へ伝わった。
青年は静かに言う。
「受け取れ。」
「これは神代最後の剣。」
「そして、未来へ託される最初の剣だ。」
ベスは迷った。
この剣が持つ重みは、誰よりも理解していた。
「……俺なんかに。」
思わず漏れた言葉だった。
「俺はまだ弱い。」
「この剣を持つ資格なんて――。」
青年は静かに首を横へ振る。
「資格は、誰かに与えられるものではない。」
「歩みの中で、自ら証明するものだ。」
ベスは青年を見つめる。
青年の瞳には、一切の迷いがなかった。
「だから、お前に託す。」
「強いからではない。」
「未来を選んだからだ。」
ベスは大きく息を吸う。
そして両手で、白銀の剣を受け取った。
その瞬間だった。
キィィン――。
澄み切った音が庭園へ響き渡る。
白銀の刀身へ、淡い紋様が一本だけ浮かび上がる。
それは狼の毛並みにも、流れる風にも見えた。
同時に、ベスの腰へ差してあった剣が小さく震え始める。
「……!」
驚いて抜く。
傷だらけの愛剣。
旅の始まりから、幾度も命を預けてきた剣。
その刀身が淡く輝き始めた。
青年は静かに目を細める。
「そうか。」
「お前は、過去を捨てなかった。」
傷だらけの剣は砕けない。
壊れない。
白い粒子となり、ゆっくりと白銀の剣へ吸い込まれていく。
二本の剣は一つとなった。
白銀の刀身には、新たな一本の紋様が刻まれる。
神代の歴史。
そしてベスの旅路。
二つの歩みが、一振りの剣へ刻まれた。
ベスは静かに刀身を見つめる。
「これで……。」
青年は微笑む。
「もう、その剣は私のものではない。」
「お前の剣だ。」
「だが忘れるな。」
「力を受け継いだのではない。」
「歴史を受け継いだのだ。」
ベスはゆっくりと頷く。
「はい。」
青年は続ける。
「これから先。」
「お前は真実を知る。」
「そのたびに迷うだろう。」
「怒るだろう。」
「絶望もする。」
「それでも、その剣を手放すな。」
「その剣には、お前が歩いてきた道も刻まれている。」
「剣を見失う時は、自分自身を見失う時だ。」
ベスは柄を強く握る。
「俺は。」
「この剣に恥じない生き方をします。」
青年は小さく笑った。
「立派である必要はない。」
「迷え。」
「苦しめ。」
「それでも歩け。」
「継承者とは。」
「迷わない者ではない。」
「迷いながらも、自らの答えを求め続ける者だ。」
その言葉が、ベスの胸へ深く刻まれる。
青年の身体が白い光へ溶け始めた。
「待ってください!」
ベスは思わず叫ぶ。
「あなたの名前を!」
青年は振り返る。
どこか寂しく、それでいて優しい笑みを浮かべる。
「まだ、その時ではない。」
「だが安心しろ。」
「いつか、お前は私の名を知る。」
「その時、この剣は本当の意味で目覚める。」
ベスは剣を見つめる。
「目覚める……?」
青年は頷いた。
「今は眠っている。」
「それでいい。」
「力は、持つべき者が持つ時にだけ目覚める。」
世界が白い光に包まれる。
青年の姿は風と共に消えていった。
その最後に聞こえた声は、とても穏やかだった。
「未来を頼んだぞ。」
次の瞬間。
ベスは大聖堂の祭壇の前へ立っていた。
手には、確かに白銀の剣が握られている。
「ベス!」
リシアが駆け寄る。
ガルドも、レオンも、アイラも、その剣を見るなり言葉を失った。
ルキウスは震える声で呟く。
「……まさか。」
「継承の剣が。」
「再び、この世界へ現れるとは。」
その時――。
ドォォォォン!!
大聖堂全体を激しい衝撃が襲う。
窓の外では黒い霧がアルセリアを覆い始め、人々の悲鳴が響いていた。
ガルドは剣を抜く。
「感動してる暇はない。」
レオンが笑う。
「帰って早々、派手なお出迎えだな!」
ベスは白銀の剣を静かに鞘へ納めた。
その柄は、不思議なくらい手に馴染む。
まるで、ずっと昔から共に歩いてきた相棒のように。
「行こう。」
「この剣と一緒に。」
灰鷹は駆け出す。
神代から託された歴史は、今、新たな継承者と共に未来へ歩き始めた。




