ミラク
白銀の羽根を胸にしまい、ベスは最後の扉の前に立っていた。
ゆっくりと息を吸う。
扉には古代文字が刻まれている。
アイラがいれば読めただろう。
だが今、この場所にいるのはベス一人だった。
「自分で進め……か。」
誰に言われたわけでもない。
そんな気がした。
ベスは迷うことなく、扉を押し開ける。
その先には、小さな庭園が広がっていた。
白い花々が風に揺れ、小川が静かに流れている。
神代の聖域とは思えないほど穏やかな場所。
庭園の中央には一本の巨木がそびえ立っていた。
白銀の葉を揺らすその樹は、まるで世界そのものを見守っているようだった。
その根元に、あの青年は静かに立っていた。
「来たか。」
ベスは青年の隣へ歩み寄る。
「ここが最後なんだな。」
青年は静かに頷いた。
「ああ。」
「ここで、お前は最後の問いに答える。」
青年は白銀の樹へ手を添える。
「継承者。」
「お前は何のために歩く。」
ベスは迷わなかった。
「最初は復讐だった。」
炎に包まれた故郷が脳裏をよぎる。
「神を憎んで。」
「神を倒すことだけを考えていた。」
青年は黙って聞いている。
ベスは続けた。
「でも旅をして。」
「仲間と出会って。」
「守りたいものができた。」
ガルド。
レオン。
アイラ。
リシア。
旅の中で出会った人々。
その笑顔が胸に浮かぶ。
「だから今は。」
「真実も知りたい。」
「守りたい人もいる。」
「そのどちらも諦めたくない。」
青年は静かに問いかける。
「ならば選べ。」
青年の掌に二つの光が浮かぶ。
白い光。
蒼い光。
「真実を求める道。」
「人を守る道。」
「どちらか一つを選べ。」
ベスは二つの光を見つめる。
長い沈黙。
やがて静かに首を横へ振った。
「選ばない。」
青年の瞳がわずかに揺れる。
「どちらかを捨てるくらいなら。」
「俺は苦しくても両方を追い続ける。」
「答えは誰かに決めてもらうものじゃない。」
「俺が、自分で辿り着く。」
静寂が庭園を包む。
やがて青年は小さく笑った。
その笑顔はどこか誇らしげだった。
「……なるほど。」
「それがお前の答えか。」
青年はゆっくりと頷く。
「試練は終わりだ。」
「継承者。」
「お前は選ばなかった。」
「だからこそ、選ばれた。」
その瞬間。
二つの光が一つとなり、空へ舞い上がる。
白銀の樹が眩く輝き始めた。
風が庭園を駆け抜け、無数の葉が舞い踊る。
青年はゆっくりと樹の根元へ歩いていく。
そこには一本の剣が静かに突き立っていた。
飾り気のない長剣。
白銀だったはずの刀身は時を経て輝きを失い、無数の傷が刻まれている。
それでも折れることなく、ただ静かにそこに在り続けていた。
ベスは思わず息を呑む。
「その剣は……。」
青年は柄へそっと手を添える。
「長い間、ご苦労だった。」
友へ語りかけるような優しい声。
ゆっくりと剣を引き抜く。
刀身は鈍く光るだけで、神々しい力は感じられない。
青年は懐かしそうに微笑んだ。
「神代の終わりまで。」
「私と共に歩き続けた剣だ。」
「力は、とうの昔に失われた。」
「今は奇跡を起こすこともできない。」
「ただ、歴史だけを刻んだ剣だ。」
青年は静かにベスへ歩み寄る。
そして両手で、その剣を差し出した。
「継承者よ。」
「受け取れ。」
ベスは目を見開く。
神代を生きた者の想い。
長い時を越えて守られてきた歴史。
そのすべてが宿る一本の剣。
震える手が、ゆっくりとその柄へ伸びていく――。




