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バル  作者: 隣の猫
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アルタルフ



蒼い光に包まれた扉をくぐる。


その先に広がっていたのは、果ての見えない湖だった。


水面は鏡のように静まり返り、空も、大地も映している。


風はない。


音もない。


ただ、ベスの足音だけが静かに響いていた。


湖の中央へ続く一本道。


その先に、一人の男が立っていた。


黒い外套。


長い黒髪。


第八十二章で神代の記憶の中に現れた、あの青年だった。


ベスは足を止める。


「……あんた。」


青年は静かに振り返る。


「あの時より、良い目になった。」


穏やかな笑みを浮かべるその姿は、敵には見えなかった。




「あなたは誰だ。」


ベスが問う。


青年は首を横に振る。


「名を知るには、まだ早い。」


「今のお前は、私の名よりも、自分の心を知るべきだからだ。」


青年はゆっくりと湖面へ視線を向ける。


「継承者。」


「お前は神を倒したいか。」


迷いのない問いだった。


ベスは即座に答える。


「ああ。」


「神は俺の村を滅ぼした。」


「父さんも母さんも奪った。」


「だから倒す。」


青年は否定しなかった。


ただ静かに頷くだけだった。




「では、もう一つ聞こう。」


青年の声が湖面に溶ける。


「神を倒した、その先は。」


ベスは言葉を失う。


考えたことがなかった。


復讐だけを見て走ってきた。


その先に何があるのか。


想像したことすらなかった。


「分からない。」


正直に答える。


青年は穏やかに笑う。


「それでいい。」


「分からぬことを、分からぬと言える者は少ない。」




青年が右手を上げる。


湖面が揺れた。


波紋が広がり、一つの景色を映し出す。


炎の中で泣く幼いベス。


その隣には、今のベスが立っていた。


「これは……。」


「お前の心だ。」


青年は静かに続ける。


「復讐は、決して悪ではない。」


「奪われた者が怒るのは当然だ。」


「だが。」


湖面が再び揺れる。


今度は、灰鷹の仲間たちが映し出された。


笑い合うレオン。


本を抱えるアイラ。


薬草を手入れするリシア。


剣を磨くガルド。


「お前は今、一人ではない。」


青年はベスを見る。


「復讐だけを抱えて歩く者は、仲間を失う。」


「守るために歩く者は、仲間と共に歩ける。」




ベスは湖面を見つめ続けた。


炎の記憶。


仲間たちの笑顔。


どちらも、自分の歩んできた道だった。


「俺は……。」


静かに息を吐く。


「復讐を捨てることはできない。」


青年は頷く。


「そうだろう。」


「忘れる必要もない。」


「だが、お前はもう知っているはずだ。」


「その心だけでは、ここまで来られなかったことを。」


ベスは小さく笑った。


「ああ。」


「仲間がいたからだ。」


「俺は、生きてこられた。」




青年は満足そうに目を細めた。


「それがお前の答えだ。」


「復讐は、お前の始まり。」


「守ることは、お前が選んだ未来。」


「どちらか一つを捨てる必要はない。」


その言葉を聞いた瞬間、ベスの胸の中にあった迷いが少しだけ晴れた。




青年は静かに一歩下がる。


その姿が、淡い光へ溶け始める。


「待ってくれ!」


ベスが呼び止める。


「まだ聞きたいことがある!」


青年は振り返り、優しく微笑んだ。


「次に会う時は、名を名乗ろう。」


「その時、お前はもう一歩真実へ近づいている。」


そう言い残し、青年の姿は完全に消えた。




湖面に、小さな波紋が広がる。


その中心から、一枚の白銀の羽根がゆっくりと浮かび上がった。


ベスが手に取る。


羽根は温かく、どこか懐かしい感触がした。


左腕へ意識を向ける。


フェンリルの鼓動は、まだ感じられない。


だが、灰色だった紋様の一部に、ほんのわずかな白い線が戻っていた。


気のせいかもしれない。


それでもベスは、その小さな変化を胸に刻む。


白銀の羽根を握りしめ、次の扉へ向かって歩き出した。



















その先には、継承者だけが知る最後の試練が待っていた。

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