ロタネフ
白い橋を渡るたび、景色が薄れていく。
後ろを振り返ると、仲間たちの姿はもう見えなかった。
聞こえるのは、自分の足音だけ。
静寂が世界を満たしている。
やがて橋の先に、小さな広間が現れた。
中央には、ただ一つ。
白い石で造られた円柱が立っている。
それ以外には何もない。
「ここが……。」
ベスが足を踏み入れた瞬間、橋は音もなく消えた。
同時に、広間全体が淡い光に包まれる。
「継承者。」
声が響く。
男とも女ともつかない、不思議な声だった。
「お前に問う。」
姿は見えない。
それでも、その声はどこか懐かしかった。
「何を継ぐ。」
ベスは静かに答える。
「守る想いだ。」
沈黙。
やがて再び声が響く。
「誰を守る。」
「仲間を。」
「それだけか。」
ベスは目を閉じる。
脳裏に炎が浮かんだ。
燃える村。
泣き叫ぶ人々。
母の笑顔。
父の背中。
そして、幼い自分。
ゆっくりと目を開く。
「……未来だ。」
「俺たちの後に生きる人たちも。」
「守りたい。」
白い光が強くなる。
「ならば見よ。」
その瞬間、景色が変わった。
炎。
熱風。
焼け落ちる家。
ベスは息を呑む。
「……村。」
自分の故郷だった。
あの日と同じ景色。
同じ匂い。
同じ悲鳴。
「母さん!」
思わず駆け出す。
だが足は止まる。
これは記憶だ。
救えない。
頭では分かっている。
それでも身体が動いてしまう。
幼いベスが泣いていた。
炎の中で立ち尽くしている。
その前には、倒れた両親。
「……。」
今のベスは拳を強く握る。
あの日、自分は何もできなかった。
助けられなかった。
その事実は今も胸を締め付ける。
「助けるか。」
声が響く。
「過去を。」
ベスは幼い自分へ手を伸ばす。
届かない。
やはり触れられない。
「変えたいか。」
苦しい問いだった。
誰よりも変えたい。
何度夢に見たか分からない。
もし変えられるなら。
もしやり直せるなら。
その誘惑が胸を締め付ける。
長い沈黙の末、ベスは首を横へ振った。
「……変えない。」
声は震えていた。
「変えられない。」
涙が頬を伝う。
「あの日は、消えない。」
「父さんも。」
「母さんも。」
「帰ってこない。」
ゆっくりと拳を握る。
「だから俺は。」
「二度と同じ景色を見たくない。」
「そのために戦う。」
炎が静かに消えていく。
白い世界が戻る。
「過去を否定しなかったか。」
声が優しく響く。
「良い答えだ。」
円柱へ一筋の光が降り注ぐ。
そこへ一本の古い剣が現れた。
傷だらけの、何の変哲もない剣。
豪華な装飾もない。
神々しい輝きもない。
「これは?」
ベスが近づく。
「継承の証ではない。」
「戒めだ。」
声は静かに続ける。
「どれほど力を得ようとも。」
「過去を忘れた者は、未来を守れない。」
ベスはそっと剣を握る。
不思議な温もりが掌へ伝わる。
その瞬間だった。
左腕へ意識が向く。
鼓動は――
まだ、感じられない。
それでも、不安はなかった。
今はまだ、その時ではない。
そんな気がした。
「第一の試練は終わりだ。」
白い世界に、新たな扉が現れる。
ゆっくりと開いていく扉の向こうは、深い蒼い光に包まれていた。
その奥から、低く、それでいてどこか懐かしい咆哮が微かに響く。
ベスは思わず左腕を見つめる。
鼓動はない。
だが、その咆哮を聞いた瞬間だけ、胸の奥で何かが熱を帯びた。
「フェンリル……。」
その名を静かに呟き、ベスは次なる試練へ向けて歩き出した。




