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バル  作者: 隣の猫
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83/397

エニフ



夕陽が大聖堂の白い壁を赤く染める。


灰鷹はゆっくりと石段を登っていた。


鐘の音は止んだ。


それでも胸を締め付けるような圧迫感だけは消えない。


巨大な扉の前で、ガルドが静かに手を掛けた。


「開けるぞ。」


重々しい音とともに扉が開く。




中は驚くほど静かだった。


何十本もの白い柱が並び、天井には色鮮やかなステンドグラス。


夕陽を受けた光が床へ七色の模様を映し出している。


神聖な空間。


だが、その奥にあるものは、誰も予想していなかった。


祭壇には神像ではなく、一冊の巨大な石の書が置かれていた。


開かれた頁には古代文字がびっしりと刻まれている。


「これは……。」


アイラが息を呑む。


「神代文字。」


震える指先で文字をなぞる。


「少しだけ読めます。」


仲間たちは静かに見守る。


アイラはゆっくりと読み上げた。


「『記憶は滅びない。』」


頁をめくる。


「『真実は語り継がれる。』」


さらに一枚。


「『知ることを恐れるな。』」


その言葉を読んだ瞬間――


ゴォォォン――。


第四の鐘が鳴り響いた。


床に刻まれた紋様が淡く輝き始める。


「下がれ!」


ガルドの声とともに祭壇の奥の壁がゆっくりと開いていく。


地下へ続く長い石階段。


その暗闇から、一人の老人が姿を現した。


純白の法衣。


長い白髪。


一本の杖を手にしたその姿は、長い年月をこの場所で過ごしてきたことを物語っていた。


「ようやく……来られましたか。」


老人は静かに一礼する。


「私はルキウス。」


「アルセリア最後の記録守です。」




「記録守?」


リシアが首を傾げる。


ルキウスは祭壇の石の書へ目を向けた。


「あれは書物ではありません。」


「世界が歩んできた歴史、そのものです。」


静かな声だった。


しかし、その重みは誰の胸にも響いた。


「神代。」


「滅びた王国。」


「語られることのなかった英雄。」


「そして、人が犯し続けてきた過ち。」


「すべてが、この場所に刻まれています。」


アイラは息を呑む。


「だから虚無の使徒は……。」


ルキウスは静かに頷いた。


「ここへ辿り着いたのです。」




その時だった。


大聖堂の奥から、静かな拍手が響く。


パン……


パン……


パン……


全員が振り向く。


そこには、ノクスが立っていた。


黒い法衣をまとい、穏やかな笑みを浮かべている。


「お久しぶりですね。」


「最後の記録守。」


ルキウスは杖を握り締める。


「……ノクス。」


「やはり来たか。」


ノクスは祭壇の石の書へ視線を向ける。


「あなたは、この書を希望だと言う。」


「ですが私は違います。」


ゆっくりとベスたちを見る。


「人は知らなければ、生きていける。」


「しかし真実を知った瞬間、その心は簡単に壊れてしまう。」


大聖堂に静寂が落ちる。


ノクスは淡々と言葉を続けた。


「神は何を選んだのか。」


「世界は何度滅びかけたのか。」


「英雄は、どれほど報われなかったのか。」


「そのすべてを知った時、人は未来を信じられるでしょうか。」


誰も言葉を返せない。


ノクスの瞳には嘘がなかった。


彼女は本気でそう信じている。


「私たちは真実を隠しません。」


「すべてを見せるだけです。」


「そして絶望を選ぶのは、人間自身。」


その言葉に、リシアは思わず拳を握った。




ベスは静かに一歩前へ出る。


「それでも。」


短い言葉が、大聖堂に響く。


「俺は知りたい。」


ノクスは目を細めた。


ベスはまっすぐ彼女を見つめる。


「知らないまま守れる未来なんて、本当の未来じゃない。」


「どれだけ残酷でも。」


「どれだけ苦しくても。」


「知った上で、それでも前を向く。」


「それが、人だ。」


一瞬だけ。


ノクスの表情が揺らいだように見えた。


だが彼女はすぐに静かな笑みを浮かべる。


「……その答えを、いつまで抱いていられるでしょう。」


ゆっくりと右手を掲げる。


黒い靄が柱の隙間から溢れ出し、大聖堂全体を包み始めた。


「では、見届けなさい。」


「この世界の真実を。」


祭壇の石の書が眩い光を放つ。


ページがひとりでにめくれ始める。


そこに記されていた最初の一文を見たルキウスの顔から、血の気が引いた。


「まさか……。」





















その震える声だけを残し、大聖堂は白い光に包まれた。

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