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バル  作者: 隣の猫
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ラスタバン



湖畔の村を救った灰鷹は、その日のうちに古都アルセリアへ向けて出発した。


村人たちに見送られながら、街道を西へ急ぐ。


旅路は穏やかだった。


しかし、誰も安心はしていなかった。


仮面の使徒が最後に残した言葉。


「間もなく、最初の鐘が鳴る。」


その意味だけが、誰の胸にも重く残っていた。




二日後。


丘を越えた先で、巨大な城壁が姿を現す。


白い石で築かれた美しい都。


幾重にも連なる塔。


中央には天を突くような大聖堂。


古都アルセリア。


東の大陸でもっとも古い歴史を持つ都市だった。


しかし――。


「……静かすぎる。」


ガルドが呟く。


城門は開いている。


商人の荷馬車も並んでいる。


それなのに、人々の話し声が聞こえない。


風だけが旗を揺らしていた。




ベスたちは慎重に街へ入る。


そこには人々がいた。


市場にも。


噴水広場にも。


教会の前にも。


だが誰一人として動かない。


立ったまま。


座ったまま。


空を見上げたまま。


時間が止まったように静止していた。


リシアが恐る恐る近づく。


「息はあります。」


「眠ってもいません。」


「でも……。」


呼び掛けても反応がない。


瞳だけが、どこか遠くを見つめている。




アイラは地面を調べる。


「術式がない……。」


「湖とは違う。」


「街全体が、一つの結界になっている。」


エインが耳を澄ませた。


「音がしない。」


その言葉どおりだった。


鳥も鳴かない。


犬も吠えない。


子どもの笑い声もない。


まるで、この街だけ世界から切り離されたような静寂だった。




その時だった。


ゴォォォォン――。


重く、澄んだ鐘の音が都全体へ響き渡る。


誰も鐘を撞いていない。


それでも確かに鳴った。


一度だけ。


深く。


長く。


「これが……。」


レオンが空を見上げる。


「第一の鐘。」


鐘の音が消えた瞬間。


静止していた人々が、一斉に同じ方向へ歩き始めた。


ゆっくり。


無表情のまま。


大聖堂へ。


「止めろ!」


ベスが叫ぶ。


一人の老人の肩を掴む。


しかし老人は何も反応せず、そのまま歩き続ける。


力づくで止めようとしても、まるで岩のように動かない。


「何なんだ……!」


ベスは歯を食いしばる。




「ベス!」


アイラの叫び声。


振り返ると、リシアがふらりと一歩前へ出ていた。


その瞳から感情が消えている。


「リシア!」


ベスが駆け寄る。


しかしリシアは振り向かない。


ゆっくりと、大聖堂へ歩いていく。


「リシア!」


腕を掴む。


その瞬間。


ベスの左腕――フェンリルが眩く輝いた。


白銀の光がリシアを包む。


リシアの身体がびくりと震える。


「……ベス?」


瞳に光が戻る。


「私……何を……。」


ベスは安堵の息を吐く。


「大丈夫。」


「戻ってきた。」


だが、その代償は大きかった。


フェンリルの光が急速に弱まっていく。


左腕へ鋭い痛みが走る。


膝をつくベス。


「ぐっ……!」


ガルドが支える。


「無茶をしたな。」


ベスは苦しそうに頷いた。


「助けられた……。」


「でも、このまま全員を救うのは無理だ。」


街には何千人もの人々がいる。


フェンリルの力だけでは到底足りない。




その時、大聖堂の最上部。


鐘楼に一人の影が現れた。


白い仮面。


黒い法衣。


湖で出会った使徒とは違う人物だった。


その者は静かにベスを見下ろしている。


「見事だ。」


透き通るような女性の声。


「鐘の導きを断ち切った者は、久しく見ていない。」


ベスは剣を抜く。


「お前がやったのか!」


仮面の女は静かに首を横へ振った。


「いいえ。」


「私は鐘を鳴らしただけ。」


「歩き始めたのは、あの人たち自身。」


その言葉に、アイラが息を呑む。


「まさか……。」


「街全体へ幻術を?」


女は小さく笑う。


「違う。」


「選択よ。」


「絶望した者は、自ら静寂を選ぶ。」


「私たちは、その扉を開くだけ。」




鐘楼に風が吹く。


女の法衣が揺れる。


彼女は胸へ手を当て、静かに名乗った。


「私は虚無の使徒、第二座ノクス。」


「静寂を司る者。」


「ようこそ、古都アルセリアへ。」


その言葉とともに、再び鐘が鳴る。


ゴォォォォン――。


今度は二度。


街中の人々が歩みを速める。


大聖堂への行進が始まった。


ベスは痛む左腕を押さえながら立ち上がる。


間に合わなければ、この都は人々の心ごと失われる。


灰鷹は顔を見合わせる。


戦うべき相手は、もう目の前にいた。





















そして、アルセリアを巡る戦いが、静かに幕を開けた。

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