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バル  作者: 隣の猫
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ムルフェイン



フィルナの火は、夜明けとともにようやく鎮まった。


街にはまだ煙が立ち込め、焼け焦げた木材の匂いが風に乗る。


住民たちは互いに助け合いながら瓦礫を片付け始めていた。


失われたものは多い。


それでも、多くの命が救われた。


それが唯一の救いだった。




灰鷹も復旧を手伝っていた。


レオンは崩れた石壁を運び、アイラは街の記録庫から焼け残った書物を運び出す。


リシアは負傷者の治療を続け、エインは街の外周を警戒していた。


ベスは黙々と瓦礫を積み上げる。


ふと、小さな手が服の裾を引いた。


昨日助けた少年だった。


「お兄ちゃん。」


「これ……。」


差し出されたのは、煤だらけになった封筒だった。


「広場で拾ったの。」


「黒い人が消えたあとに落ちてた。」


ベスは礼を言い、慎重に封を開く。


中には、一枚の紙だけが入っていた。




そこに書かれていた文字は、不思議なことに誰でも読めた。


『灰は終わりではない。


すべてが無へ還る時、新しい静寂が生まれる。』


その下には、一つの紋章。


広場に刻まれていたものと同じ印だった。


「虚無の使徒……。」


ベスは静かに呟く。




その頃、街の議事堂ではクロードとガルドが話し合っていた。


机の上には、焼け残った地図が広げられている。


クロードが一点を指差した。


「襲われたのは偶然じゃない。」


「フィルナは東西を結ぶ交易の要衝だ。」


「ここが混乱すれば、東の大陸全体が揺らぐ。」


ガルドは腕を組む。


「人ではなく、秩序を狙ったか。」


「その通りだ。」


クロードは重く頷いた。


「虚無の使徒は、ただ命を奪うだけじゃない。」


「人が築いた繋がりを断ち切ろうとする。」




そこへベスたちも合流する。


封筒を見たクロードの表情が険しくなる。


「……奴らの宣言文だ。」


「宣言?」


アイラが尋ねる。


クロードは紙を見つめながら答えた。


「何百年も前から変わらない。」


「街を襲ったあと、必ず残していく。」


リシアが小さく息を呑む。


「じゃあ、この襲撃は始まり……。」


「そうだ。」


クロードは静かに言う。


「これは終わりじゃない。」


「始まりだ。」




その時、エインが議事堂へ駆け込んできた。


「急報!」


息を切らしながら、一枚の羊皮紙を差し出す。


「西から伝令!」


ガルドが受け取り、目を通す。


その表情が一変した。


「どうした?」


ベスが尋ねる。


ガルドはゆっくり顔を上げる。


「西の古都アルセリアが、連絡を絶った。」


部屋の空気が凍りつく。


アルセリア。


東の大陸でもっとも古い歴史を持つ都。


多くの文献や神代の資料が保管されている街だ。


アイラは青ざめる。


「あそこには……。」


「神代以前の記録庫があります。」


クロードは拳を握り締めた。


「狙いは記録か。」


「真実を消すつもりだ。」




しばらく沈黙が流れる。


やがてベスが一歩前へ出た。


「行こう。」


その声は静かだったが、迷いはなかった。


「今なら、まだ間に合うかもしれない。」


レオンが立ち上がる。


「決まりだな。」


リシアも優しく微笑む。


「助けられる人がいるなら、行こう。」


アイラは地図を丸める。


「資料も守らなきゃ。」


エインは短く頷いた。


「出発の準備をする。」


仲間たちは誰一人迷わなかった。




出発を前に、クロードがベスへ歩み寄る。


「一つだけ覚えておけ。」


「虚無の使徒は、力だけでは止められない。」


「奴らは人の絶望につけ込む。」


「だから、お前たちは希望を失うな。」


ベスは静かに頷く。


「分かった。」


二人は固く握手を交わす。


敵として出会った二人は、まだ同じ道を歩く仲間ではない。


それでも今は、同じ未来を守ろうとしていた。




灰鷹はフィルナを後にする。


朝日が昇り、焼け跡を黄金色に照らしていた。


その光は、新しい旅立ちを祝福しているようにも見えた。

























しかし、その先で待つ古都アルセリアには、さらに深い闇が迫っていることを、まだ誰も知らなかった。

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