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バル  作者: 隣の猫
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ウンカルハイ



忘却の民の集落を後にした灰鷹は、天穿山脈を東へ下っていた。


険しかった岩場は少しずつ姿を変え、深い森は豊かな渓谷へと続いていく。


冷たい山風も、どこか柔らかく感じられた。


誰もが口数は少なかった。


この数日で知った真実は、それほどまでに重かった。


神より古い民。


神より古いフェンリル。


そして、世界は一度滅びかけたという事実。


どれも簡単に飲み込めるものではない。




昼休み。


小川のほとりで食事を取りながら、レオンが大きくため息をついた。


「難しい話ばっかりで頭が痛ぇ。」


その一言に、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。


アイラが笑う。


「珍しく同意する。」


「考えても分からないことは、歩きながら考えればいい。」


その言葉にベスは思わず笑う。


「確かに。」


「立ち止まっても答えは出ないな。」


リシアはそんな仲間たちを見渡し、穏やかに微笑んだ。


「だから、この旅は一人じゃないんだよ。」


その言葉は、誰の胸にも静かに染み込んでいった。




午後。


山道を歩いていると、一羽の白い鳥がベスたちの前へ降り立った。


人を恐れる様子はない。


ベスの左腕を見つめ、小さく鳴く。


「この鳥……。」


ガルドは目を細める。


「忘却の民が使う伝書鳥だ。」


鳥の足には、小さな革筒が結び付けられていた。


リシアが紐をほどき、中の紙を広げる。


そこには短い文だけが書かれている。


『急げ。東の空が赤い。』


その一文だけだった。


「赤い?」


レオンが首を傾げる。


その時だった。


ゴォォォ……


遠くから鈍い地響きが響く。


全員が反射的に空を見上げる。


東の空。


その一角だけが、不自然なほど赤く染まっていた。


夕焼けではない。


黒煙が立ち上り、その下では炎が空を焦がしている。


「火事……?」


リシアが呟く。


ガルドはすぐに首を振った。


「あの規模は違う。」


「街だ。」


ベスの表情が変わる。


「あそこには……。」


アイラが地図を広げる。


赤く染まる方角を指でなぞり、息を呑んだ。


「……フィルナ。」


東の交易都市。


灰鷹が補給を予定していた街だった。




「走るぞ!」


ベスが駆け出す。


誰も異論はなかった。


森を抜け、斜面を駆け下りる。


息が切れる。


足が悲鳴を上げる。


それでも止まらない。


空はますます赤く染まっていく。


焦げた臭いが風に乗って届き始めた。




夕暮れ。


ようやく山の中腹へたどり着いた灰鷹は、その光景に言葉を失う。


眼下に広がる交易都市フィルナ。


その半分以上が炎に包まれていた。


城壁は崩れ、人々が必死に逃げ惑っている。


そして、街の中央広場には——


巨大な黒い紋章。


見覚えのある、不気味な紋様。


ベスは無意識に左腕を押さえた。


フェンリルが激しく脈打っている。


「あれは……。」


ガルドが険しい顔で呟く。


「神代の封印術式。」


しかし、その場にいる誰一人として、それを使える者がいるはずはなかった。


風が熱を運ぶ。


炎が夜空を赤く染める。


平穏だった旅は終わった。






















灰鷹は再び、戦いの中へ飛び込もうとしていた。

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