ヌンキ
第二神殿へ続く扉を後にした灰鷹は、山の東側へと続く古い山道を歩いていた。
番人から教えられた道だった。
「この先には昔、人が暮らしていた集落がある。」
「今は廃村じゃが、井戸も水も残っておる。」
その言葉どおり、夕暮れ前には朽ちた石造りの家々が見えてきた。
屋根は崩れ、窓は割れている。
それでも人が暮らしていた温もりだけは、どこかに残っているようだった。
「今日はここで休もう。」
ガルドの一声で、灰鷹は野営の準備を始めた。
その夜。
焚き火を囲んで食事をしていると、遠くから何かを叩く音が聞こえてきた。
カン……。
カン……。
規則正しい金属音。
「鍛冶屋か?」
レオンが首を傾げる。
アイラは静かに耳を澄ませた。
「違う。」
「岩を砕いてる。」
ベスは立ち上がる。
「人。」
翌朝。
音のする方へ向かうと、谷間に十数人の集団がいた。
つるはしを振るい、岩壁を掘り進めている。
荷馬車には青白く光る鉱石が積まれていた。
「あれは……。」
リシアが顔を曇らせる。
「魔鉱石。」
ガルドの表情が険しくなる。
「採掘は禁止されているはずだ。」
その時、作業をしていた男が灰鷹に気付いた。
「誰だ!」
男たちは一斉に武器を構える。
剣ではない。
採掘用のつるはしや鉄槌。
生活のための道具だった。
集団の中から、一人の中年男が前へ出る。
日に焼けた肌。
深い傷跡。
何年も山で生きてきた顔だった。
「俺はドルガ。」
「ここの責任者だ。」
ベスは武器を下ろしたまま答える。
「俺たちは灰鷹。」
「争いに来たわけじゃない。」
ドルガは苦笑する。
「なら安心した。」
「神殿騎士なら、もう少し面倒だった。」
話を聞くと、彼らは元炭鉱夫だった。
戦乱で職を失い、この山で細々と採掘を続けているという。
「魔鉱石は高く売れる。」
「家族を食わせるには、これしかねぇ。」
ドルガは恥じることなく言った。
ベスは積まれた鉱石を見る。
淡い青色の結晶。
しかし、その周囲だけ空気が妙に冷たい。
ガルドが低く呟く。
「採り過ぎれば山が壊れる。」
ドルガも頷いた。
「分かってる。」
「だが、明日の飯もない奴に、百年後の話は贅沢だ。」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
突然だった。
ゴォン――。
谷全体が低く震える。
岩壁に細かな亀裂が走り、小石が転がり落ちる。
「まずい!」
ドルガが叫ぶ。
「離れろ!」
しかし、一人の若い採掘夫だけが逃げ遅れた。
巨大な岩が崩れ落ちる。
「危ない!」
ベスは駆け出した。
崩れる岩の下へ飛び込み、若者を突き飛ばす。
その直後。
轟音とともに岩が落下した。
砂煙が谷を覆う。
「ベス!」
リシアの悲鳴が響く。
やがて煙が晴れる。
そこには左腕の獣爪で巨大な岩を支えるベスの姿があった。
歯を食いしばりながら、一歩ずつ岩を押し返す。
「今だ!」
若者は転がるように逃げ出した。
次の瞬間、レオンも飛び込み、大剣で岩を押し上げる。
ガルドが剣で支柱代わりの岩を切り出し、崩落を食い止めた。
全員の力で、ようやく谷は静けさを取り戻した。
助けられた若者は震えながら頭を下げる。
「すみません……。」
「ありがとうございました。」
ドルガも深く頭を下げた。
「命の恩人だ。」
ベスは首を振る。
「間に合ってよかった。」
それだけだった。
その夜。
ドルガは灰鷹へ一枚の古びた地図を差し出した。
「礼だ。」
「俺たちじゃ行けねぇ場所だが……。」
地図には山のさらに奥。
誰も通らない谷へ、赤い印が付けられていた。
そこには一言だけ記されている。
《星降る祭壇》
ガルドは静かに目を細める。
「聞いたことがある。」
「神代以前の祈りの場所だ。」
ベスは地図を見つめる。
第二神殿。
石碑。
そして星降る祭壇。
点だったものが、少しずつ一本の道になり始めていた。
旅はまだ終わらない。
いや――
ここからが、本当の始まりなのかもしれなかった。




