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バル  作者: 隣の猫
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小休止2


交易都市ラグナス。


天穿山脈へ向かう準備を終えた灰鷹は、束の間の休息を楽しんでいた。


「よし!」


宿を出るなりレオンが大きく伸びをする。


「今日は鍛冶屋巡りだ!」


「新しい酒も探さねぇとな!」


「酒が本命でしょ。」


アイラが呆れたように言う。


エインは肩をすくめるだけだった。


そんな仲間たちを見送りながら、リシアは何度もベスの方を見ていた。


「あの……ベス。」


「ん?」


「少しだけ付き合ってくれない?」


「買いたい物があるの。」


ベスは迷わず頷く。


「ああ。」


「一人より二人の方が安心だ。」


その何気ない言葉に、リシアは小さく笑った。


「ありがとう。」




市場は朝から賑わっていた。


果物を売る声。


焼きたてのパンの香り。


異国の音楽。


旅ばかりのベスにとって、それだけで新鮮だった。


リシアは布地や薬草、食器などを一つひとつ見て回る。


「これ、宿で使えそう。」


「このお茶、レオンさん好きそうだな。」


仲間のことばかり考えながら選んでいる。


「自分の物は?」


ベスが尋ねる。


リシアは少し考えてから笑う。


「必要になったら買うよ。」


「みんなが喜んでくれる方が嬉しいから。」


ベスは静かに頷いた。


(……リシアらしい。)




露店を離れようとした時だった。


「お姉さん。」


軽い口調で声を掛けられる。


振り向くと、身なりの良い若い男が二人立っていた。


「旅人?」


「この街、案内してあげようか。」


リシアは困ったように笑う。


「ありがとうございます。」


「でも、連れがいますので。」


男たちはベスを見る。


「へぇ。」


「兄ちゃん、護衛?」


「それとも恋人?」


周囲から面白がるような笑い声が聞こえた。


ベスは首を横に振る。


「仲間だ。」


その一言だけだった。


しかし男たちは引かない。


「なら少しくらい貸してよ。」


「夕方には返すからさ。」


そう言ってリシアとの距離を詰める。


リシアは一歩だけ後ろへ下がった。


その小さな動きを、ベスは見逃さなかった。




「嫌がってる。」


ベスは静かに男たちの前へ立つ。


「道を開けてくれ。」


男の一人が鼻で笑う。


「なんだよ。」


「怖い顔して。」


「本気で止める気か?」


ベスは剣に触れもしない。


ただ男の目を真っ直ぐ見た。


その眼差しは、何度も死線を越えてきた戦士のものだった。


男たちの笑みが消える。


「……行こうぜ。」


「面倒そうだ。」


二人は舌打ちを残し、人混みへ消えていった。




「ありがとう。」


リシアが安心したように息を吐く。


「怖かった?」


ベスが聞く。


「少しだけ。」


「でも、ベスがいてくれたから大丈夫だった。」


その言葉に、ベスは照れくさそうに頭を掻いた。


「当然だ。」


「仲間だから。」


リシアはくすっと笑う。


「ベスって、本当にそういうところ変わらないね。」




昼過ぎ。


二人は港の防波堤へ腰を下ろす。


潮風が心地よく吹いていた。


屋台で買った焼き菓子を半分に分ける。


しばらく無言で海を眺めていると、リシアがぽつりと呟いた。


「ベスはさ。」


「旅に出た頃より、すごく優しくなったね。」


「そうか?」


「うん。」


「最初は誰も信じていないような目をしてた。」


ベスは苦笑する。


「そんな顔してたか。」


「してた。」


リシアは少しだけいたずらっぽく笑った。


「今はちゃんと笑うようになった。」




宿へ戻る途中。


一人の老夫婦が重そうな荷車を押していた。


車輪が石畳に引っ掛かり、動けなくなっている。


ベスは何も言わず荷車を持ち上げた。


「ありがとうございます。」


老夫婦は何度も頭を下げる。


その様子を見ていたリシアが微笑んだ。


「やっぱり。」


「ベスは優しい。」


「違う。」


ベスは首を振る。


「困ってる人がいたら助ける。」


「それだけだ。」


「それを優しいって言うんだよ。」


リシアはそう言って笑った。




夕暮れ。


宿の前まで戻ると、リシアが足を止める。


「今日はありがとう。」


「私、すごく楽しかった。」


ベスも小さく笑う。


「俺も。」


その言葉に、リシアは少し驚いたような顔をした。


「え?」


「街を歩くのも悪くない。」


「そう思った。」


リシアは嬉しそうに笑う。


その笑顔を見た瞬間。


ベスは、ほんの少しだけ胸が高鳴るのを感じた。


(……なんだ?)


戦いの緊張とは違う。


仲間と背中を預ける時とも違う。


初めて感じる、不思議な感覚。


答えはまだ分からない。


ただ一つ分かったことがあった。


リシアは、もう「仲間の一人」だけではない。


ベスの中で、


「大切な女の子」


という、新しい存在になり始めていた。


本人だけが、その変化にまだ気付いていなかった。

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