スピカ
馬車は北へ向かっていた。
街道を外れ、険しい山道へ入る。
「どこへ行くの?」
ベスが尋ねると、ガルドは前だけを見て答えた。
「俺たちの拠点だ。」
「剣を教えてくれるの?」
「違う。」
その一言にベスは首をかしげた。
「お前に最初に教えるのは――」
「生き残り方だ。」
三日後。
山奥に造られた砦が見えてきた。
切り立った崖に囲まれ、木造の建物が並ぶ。
門には灰色の翼の紋章。
ここが傭兵団《灰鷹》の本拠地だった。
「団長、お帰りなさい!」
団員たちがガルドを迎える。
しかし、その視線はすぐにベスへ向いた。
「子ども?」
「新人か?」
「細いな。」
笑い声が上がる。
ベスは睨み返した。
その目だけは、誰にも負けていなかった。
翌朝。
まだ日も昇らない時間。
ガンッ!!
金属を叩く音で目を覚ます。
「起きろ。」
ガルドだった。
「訓練だ。」
「剣?」
「違う。」
「走れ。」
ベスは山道を走る。
転ぶ。
立つ。
また転ぶ。
足から血が流れる。
「止まるな。」
ガルドの声だけが響く。
朝から昼まで走り続けた。
ようやく終わると思った瞬間。
「次。」
巨大な丸太を抱えさせられる。
「え……。」
「運べ。」
「全部。」
山の頂上まで。
何度も落とし、
何度も転がり、
何度も泣きそうになる。
それでもベスは歯を食いしばった。
夜。
夕食の席。
団員たちは笑いながら肉を頬張っている。
ベスだけは腕が震え、スプーンすら持ち上がらない。
「もう無理……。」
思わずこぼした。
すると隣の大男が笑った。
「それでいい。」
「最初は全員そうだった。」
名前はボルグ。
灰鷹一番の怪力だ。
「剣は腕じゃない。」
「足で振る。」
「その足を作ってるんだ。」
ベスは初めて知る。
強さとは、技ではない。
積み重ねなのだと。
⸻
数週間が過ぎた。
ベスはまだ剣を握らせてもらえない。
毎日。
走る。
登る。
泳ぐ。
荷物を運ぶ。
薪を割る。
水を汲む。
ただ、それだけ。
「いつになったら剣を教えてくれるんだ!」
ついに怒鳴った。
ガルドは木刀を一本投げる。
「来い。」
ベスは飛びかかった。
右手の木刀を振る。
左の獣爪ガントレットで掴もうとする。
まるで獣のように低く飛び込む。
ガルドは避けない。
指一本で木刀を弾いた。
次の瞬間。
ベスは地面に転がっていた。
何が起きたのか分からない。
「もう一度。」
飛びかかる。
また倒される。
十回。
二十回。
五十回。
一度も触れられない。
息は切れ、
腕は震え、
立ち上がることすら苦しい。
「なんでだ……!」
ガルドは静かに言う。
「お前は剣を振っていない。」
「怒りを振り回しているだけだ。」
その言葉は、ベスの胸に深く突き刺さった。
夜。
一人、訓練場に残るベス。
月明かりの下で木刀を握る。
何度も。
何百回も。
振る。
右手の剣。
左手の獣爪。
獣のように飛び込み、転び、立ち上がる。
誰も見ていない。
それでも続ける。
その姿を、砦の屋根から見つめる影があった。
長い銀髪を風になびかせた、一人の少女。
「団長。」
少女は小さく微笑む。
「あの子、折れませんね。」
ガルドは腕を組んだまま答える。
「折れないんじゃない。」
「あいつには、折る心がもう残っていない。」
少女は少しだけ悲しそうな顔をした。
「……そうですか。」
月は静かに二人を照らす。
そしてベスは気づいていなかった、、、。
この銀髪の少女との出会いが、自分の止まっていた時間を、少しずつ動かし始めることを。




