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バル  作者: 隣の猫
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アリオト



第一神殿を後にして二日。


灰鷹は山を下り、小さな渓谷の村で休息を取ることになった。


村は静かだった。


子どもたちの笑い声も聞こえる。


穏やかな景色。


だが、ベスの心だけは晴れなかった。




宿の裏庭。


ベスは一人で剣を振っていた。


何度も。


何度も。


振るうたび、生き証人の言葉が蘇る。


「軽い。」


剣を止められた感触。


指一本で弾き返された現実。


そして何より――。


「憎しみは世界を変える理由にはならぬ。」


その言葉だけが胸に刺さったままだった。


「くそっ!」


剣を振る。


振る。


振る。


気づけば手のひらは破れ、血が柄を濡らしていた。




「もういい。」


後ろから声がした。


振り返ると、ガルドが立っていた。


「……団長。」


「剣を振るう理由を見失った時は。」


ガルドはベスの手を見つめる。


「振るうな。」


ベスは悔しそうに俯く。


「俺は……。」


「分からなくなりました。」


初めてだった。


ガルドの前で、自分の弱さを口にしたのは。




ガルドは何も責めない。


ただ、隣に腰を下ろした。


「昔な。」


静かに語り始める。


「俺にも師がいた。」


ベスは驚く。


ガルドが自分の過去を話すことなど、一度もなかった。


「強かった。」


「誰よりも。」


「だから、何でも一人で背負った。」


少しだけ目を細める。


「そして死んだ。」


風が吹く。


ガルドは遠くを見ていた。


「あいつは最後まで。」


『助けてくれ』とは言わなかった。」




沈黙。


ベスはゆっくり口を開く。


「団長。」


「俺は。」


「怖いです。」


その一言は、とても小さかった。


「神と戦うことじゃない。」


「答えが変わることが。」


「もし神を倒す理由が間違っていたら。」


「俺は何を信じればいいんでしょう。」




ガルドは静かに笑った。


本当に珍しい笑顔だった。


「ようやく言ったな。」


ベスは顔を上げる。


「人はな。」


「迷うから前へ進める。」


「最初から答えを知っている奴は。」


「歩かない。」


その言葉は、生き証人の言葉とは違う温かさがあった。


「だから。」


ガルドは立ち上がる。


「迷え。」


「悩め。」


「苦しめ。」


「その先で、お前自身の答えを見つけろ。」




その日の夕方。


宿の食堂。


珍しく全員が揃って食事をしていた。


レオンが豪快に笑う。


「おいベス!」


「そんな暗い顔してると飯までまずくなるぞ!」


アイラが呆れる。


「あなたは少し黙って食べなさい。」


リシアはそっとベスの前に温かいシチューを置いた。


「今日は薬草を多めに入れてみたの。」


「疲れが取れるよ。」


ベスは小さく笑う。


「ありがとう。」


その時だった。


レオンが立ち上がる。


「よし!」


「今日は灰鷹恒例!」


「腕相撲大会だ!」


「は?」


ベスが目を丸くする。


「優勝者には!」


「リシア特製アップルパイ!」


「それ私が今決められたんだけど!?」


リシアが慌てる。


宿中が笑いに包まれた。




十分後。


結果。


優勝――ガルド。


誰も勝てなかった。


「団長、それ反則だろ!」


「鍛え方が違う!」


レオンが机へ突っ伏す。


ガルドは真顔のままアップルパイを受け取る。


一口食べて。


「……うまい。」


たった一言。


リシアは嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て、ベスも自然と笑っていた。


ほんの少し前まで、自分は一人だった。


今は違う。


笑える場所がある。


帰る場所がある。


支えてくれる人がいる。


そのことが、どれほど心強いのか。


ベスはようやく気づき始めていた。




夜。


宿の外。


一人で星空を見上げるベスの隣へ、ガルドがやって来る。


「団長。」


「一つだけ覚えておけ。」


ガルドは空を見上げたまま言う。


「強い奴は、一人で立てる奴じゃない。」


「誰かが倒れそうな時。」


「隣に立てる奴だ。」


ベスはその言葉を胸に刻む。


そして静かに頷いた。


「はい。」


夜空には、無数の星が輝いていた。


その中で、一番明るく光る星。


故郷で見上げたあの日と同じ星を見つけ、ベスは小さく呟く。


「……もう少しだけ。」


「強くなりたい。」


その願いは、復讐のためではなかった。
























守りたい人たちと、未来を歩くための願いへと、少しずつ変わり始めていた。

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