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バル  作者: 隣の猫
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アルカイド



神殿の最奥。


闇の中から現れた巨躯の存在は、静かに灰鷹を見下ろしていた。


六本の腕。


白銀の長髪。


深い蒼色の瞳。


その姿には威圧感があった。


だが、それ以上に感じるのは――


永い時を生きた者だけが持つ、果てしない孤独だった。


「……何者だ。」


ガルドが一歩前へ出る。


その存在は視線を向けるだけだった。


「人よ。」


「名など、とうの昔に捨てた。」


声は穏やかだった。


怒りも敵意もない。


ただ静かだった。




その視線が、ゆっくりとベスへ移る。


空気が変わる。


冷たい。


まるで冬の湖へ沈められたような圧迫感。


「お前。」


低い声が神殿に響く。


「その目は、誰に向けている。」


ベスは剣を握る。


「神だ。」


即答だった。


「俺は神を倒す。」


その瞬間。


生き証人の表情が初めて歪んだ。


失望。


それに近いものだった。


「愚かだ。」


その一言が、神殿全体に重く響く。




「愚か……?」


ベスの眉が動く。


「村を滅ぼされ。」


「家族を奪われ。」


「それでも神を憎むなと言うのか!」


叫びが石壁へ反響する。


だが生き証人は動じない。


「違う。」


静かに首を振る。


「何も知らぬまま。」


「剣だけを振るおうとする、その心が愚かだ。」




ベスは一歩踏み出す。


「何を知ってる!」


「知ってるなら教えてくれ!」


「どうして神は人を半分も殺した!」


「どうして魔物なんて作った!」


「どうして……!」


声が震える。


怒りだけじゃない。


悲しみ。


迷い。


旅で積み重ねてきた想いが、一気に溢れ出す。




長い沈黙。


やがて生き証人は目を閉じた。


「答えはある。」


その一言に全員が息をのむ。


「だが。」


再びベスを見る。


その視線は鋭い。


「今のお前には教えぬ。」


「……!」


ベスは歯を食いしばる。


「なぜだ!」


「知る資格がない。」


冷たく言い放たれる。


「資格……?」


「怒りだけで世界を見ている者に。」


「世界の真実は耐えられぬ。」




ベスは思わず剣へ手をかける。


「やめろ!」


ガルドの声。


しかし遅かった。


ベスは飛び出す。


叫びと共に剣を振るう。


生き証人は避けない。


カン――。


指先一本。


それだけで剣が止められた。


ベスの全力。


それを片手で受け止める。


「軽い。」


その一言だけだった。


次の瞬間。


トン。


額へ一本の指が触れる。


ベスの身体が吹き飛ぶ。


石柱を三本砕き、壁へ叩きつけられた。


「ベス!」


リシアが駆け寄る。


血を吐く。


立てない。


それほどの一撃だった。




生き証人は他の誰も見ない。


ベスだけを見つめる。


「憎しみは。」


「剣を振るう理由にはなる。」


「だが。」


「世界を変える理由にはならぬ。」


神殿が静まり返る。


誰も言い返せない。




ベスは震える腕で立ち上がる。


悔しかった。


強さではない。


言葉で負けたことが。


「俺は……。」


何を言えばいい。


分からない。


初めてだった。


自分の信じてきたものを、真正面から否定されたのは。




その時。


生き証人の表情がほんの少しだけ変わる。


悲しそうだった。


「その顔。」


「昔のお前によく似ている。」


ベスは顔を上げる。


「……昔の俺?」


生き証人は首を振る。


「違う。」


「昔の”あいつ”だ。」


それ以上は語らない。


ガルドも、リシアも、その言葉の意味は分からなかった。


ただ一人。


ベスだけが胸の奥で何かが引っかかる。




生き証人は背を向ける。


「帰れ。」


「今のお前たちでは、この先へ進めぬ。」


巨大な扉がゆっくりと閉じ始める。


去り際、最後に一度だけベスを見る。


「……次に会う時。」


「その目から憎しみ以外の光を見せてみろ。」


扉が閉じる。


静寂。


誰も言葉を発せなかった。




神殿を出た帰り道。


ベスは一言も話さなかった。


仲間も何も聞かない。


夕焼けが長い影を作る。


歩きながら、ベスは無意識に左手の獣爪を見つめていた。


旅の始まりから、自分を支えてきた武器。


神への怒り。


復讐。


そのすべてが、今は少しだけ揺らいでいる。


風が吹く。




















その風は、ベスから答えを奪うのではなく、探し続けろと言っているようだった。

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