コルカロリ
夜明け前。
灰鷹は青嶺を出発し、東の山岳地帯へと足を踏み入れた。
道は険しく、人の手が入った形跡はほとんどない。
三日後。
霧の向こうに、巨大な石造りの建造物が姿を現す。
それが――第一神殿だった。
崩れた柱。
蔦に覆われた壁。
それでも神殿全体からは、言葉では表せない威圧感が漂っている。
「空気が重い……。」
リシアが小さく呟く。
ガルドは全員を見渡した。
「ここからは二人一組で動く。」
「単独行動は禁止だ。」
全員が頷く。
神殿へ一歩足を踏み入れた瞬間だった。
ブォン――。
壁一面に刻まれた古代文字が、淡く青い光を放つ。
ベスは思わず立ち止まる。
「何だ……?」
リシアが壁へ近づく。
「古代神聖文字。」
「でも……。」
指でなぞりながら首をかしげる。
「読めない。」
「ところどころ削られてる。」
誰かが、意図的に消した跡だった。
ガルドの表情が険しくなる。
「記録を隠したのか。」
奥へ進む。
床には無数の傷。
剣だけではない。
巨大な爪。
槍。
鎖。
まるで戦場だった。
「神殿なのに……。」
アイラが息をのむ。
祈る場所ではない。
戦った場所だった。
その時。
ガサッ。
暗闇から魔物が現れる。
狼型。
猿型。
巨大な甲殻を持つ魔物。
十体以上。
「来るぞ!」
ガルドの号令。
灰鷹が一斉に動く。
レオンは大剣で前線を押し返す。
アイラの矢が正確に急所を射抜く。
エインは敵の背後へ回り込み、一撃で仕留める。
リシアは絶えず回復魔法を紡ぎ続ける。
そしてベス。
右手の剣。
左腕の獣爪。
以前のように獣の勢いだけでは戦わない。
剣で流し。
獣爪で崩し。
仲間が動きやすいように敵を誘導する。
「右!」
ベスの声。
レオンが合わせる。
巨大な魔物が倒れた。
「息が合ってきたな!」
レオンが笑う。
ベスも笑い返した。
戦いが終わる。
だが、誰も安堵できなかった。
魔物たちは神殿の奥へ逃げていく。
「逃げた?」
ベスが首をかしげる。
ガルドは剣を納めない。
「違う。」
「誘っている。」
その言葉に全員の背筋が凍る。
最奥部。
巨大な円形の広間。
中央には、誰も見たことのない石像が立っていた。
神ではない。
人間でもない。
六本の腕を持ち、翼を折り畳んだ存在。
その台座には古代文字が刻まれている。
リシアは時間をかけて読み解く。
そして青ざめた。
「そんな……。」
「何て書いてある?」
ベスが尋ねる。
リシアは震える声で答えた。
「……『封印』。」
沈黙。
さらに読み進める。
「『神々は恐れた』。」
全員が息をのむ。
神が。
恐れた?
その時だった。
ゴゴゴゴ……。
神像の背後の壁がゆっくりと開いていく。
冷たい風が吹き抜けた。
暗闇の奥から聞こえる。
ドクン。
ドクン。
まるで巨大な心臓が鼓動するような音。
リシアが一歩後ずさる。
「嫌……。」
「これ、生きてる。」
ベスは剣を握る。
ガルドは静かに命じた。
「全員。」
「戦闘態勢。」
その瞬間、暗闇の奥で二つの紅い瞳がゆっくりと開いた。
誰も動けない。
その圧倒的な存在感に、呼吸すら忘れていた。
やがて、低く掠れた声が神殿中へ響く。
「……まだ。」
「人の時代か。」
その声には敵意も殺意もなかった。
ただ、何千年もの孤独だけが滲んでいた。
ベスは、その声を聞いた瞬間、不思議な感覚に襲われる。
恐ろしい。
それなのに――
どこか、悲しい。
第一神殿の奥で眠っていた存在が、静かに目を覚ました。




