デネボラ
翌朝。
灰鷹の本部には、朝早くから慌ただしい足音が響いていた。
机の上には世界地図。
中央にはバルの四大陸。
そして各地に赤い印が打たれている。
ガルドは静かに地図を見つめていた。
「全員、揃ったな。」
ベスたちは円卓を囲む。
旅を終えたばかりだというのに、皆の表情は引き締まっていた。
ガルドは一本の木製の棒で地図を指した。
「魔物の発生数が、この一か月で急増した。」
赤い印は中央島だけではない。
東の蒼嵐。
西の黒鉄。
南の翠海。
北の紅砂。
すべての大陸で同時に魔物が活発化している。
「偶然ではない。」
ガルドの低い声が響く。
「誰かが動いている。」
リシアが資料を広げる。
「被害の共通点があります。」
村や街を襲うだけじゃない。
魔物たちは、古い神殿や遺跡の周囲に集まっている。
「まるで何かを守っているみたい……。」
アイラが呟く。
ベスも地図を見つめた。
(神殿……。)
胸の奥で何かが引っかかる。
その時だった。
コンコン。
扉が叩かれる。
一人の伝令兵が飛び込んできた。
「ガルド隊長!」
「緊急報告です!」
息を切らしながら羊皮紙を差し出す。
ガルドが目を通す。
その表情が険しくなった。
「……来たか。」
全員が息をのむ。
「中央評議会からの正式依頼だ。」
依頼内容は一つ。
『第一神殿の調査』
数百年前から封鎖されている神殿。
近づいた者は誰一人戻らない。
そこから今、大量の魔物が現れているという。
「神殿……。」
ベスが小さく呟く。
ガルドは全員を見渡した。
「危険度は最高。」
「拒否もできる。」
沈黙が流れる。
最初に口を開いたのはレオンだった。
「聞くまでもない。」
剣を肩へ担ぐ。
「行く。」
アイラも頷く。
「私も。」
リシアは薬箱を抱え直す。
「みんなが行くなら。」
エインは短く言う。
「当然。」
最後にベス。
ゆっくり立ち上がる。
「俺も行きます。」
ガルドは静かに頷いた。
「よし。」
「灰鷹、出陣だ。」
その日の午後。
旅支度を整える灰鷹。
武器を点検する者。
薬を準備する者。
地図を確認する者。
ベスは一人、中庭で剣を研いでいた。
カラン。
誰かが木の枝を踏む音。
振り返る。
そこにはユナが立っていた。
旅装束ではない。
黒い外套を羽織っている。
「来たんだ。」
ベスが笑う。
ユナは頷く。
「忠告。」
「第一神殿には近づかない方がいい。」
「危険なのか?」
「……うん。」
少しだけ迷うような表情。
「魔物だけじゃない。」
「もっと嫌なものがいる。」
「嫌なもの?」
ユナは言葉を飲み込む。
「ごめん。」
「今は言えない。」
ベスは少し考え、静かに答えた。
「それでも行くよ。」
ユナは悲しそうに微笑んだ。
「そう言うと思った。」
立ち去ろうとしたユナを、ベスが呼び止める。
「ユナ。」
彼女が振り返る。
「帰ってきたら。」
少し照れくさそうに笑う。
「今度は三人で街を歩こう。」
「三人?」
「リシアも誘って。」
ユナは一瞬きょとんとした後、小さく吹き出した。
「……本当に。」
「鈍い。」
「え?」
意味が分からず首をかしげるベス。
ユナは笑いながら手を振る。
「無事に帰ってきて。」
「約束。」
「約束だ。」
二人は笑顔で別れた。
夕暮れ。
灰鷹は青嶺の門を出る。
ベスは一度だけ振り返った。
この街で得たもの。
旅で得たもの。
仲間。
約束。
想い。
そのすべてを胸に刻み、再び前を向く。
彼らが向かう先。
そこには、数百年閉ざされていた第一神殿が静かに待っていた。
誰もまだ知らない。
その神殿が、世界の真実へ続く最初の扉になることを。




