小休止
「ベス。」
朝食の後。
リシアが少し緊張した様子で声をかけた。
「今日、時間ある?」
ベスは首をかしげる。
「あるけど?」
「その……。」
リシアは視線を泳がせる。
「街を、一緒に歩かない?」
少しだけ顔が赤い。
ベスは何の疑いもなく笑った。
「いいよ。」
その返事を聞いた瞬間、リシアは胸をなで下ろした。
その様子を、少し離れた席で見ていたレオンがニヤリと笑う。
「始まったな。」
アイラは呆れたようにパンを口へ運ぶ。
「ベスは気付いてないでしょうね。」
ガルドは黙って茶を飲む。
エインだけが小さく呟いた。
「……頑張れ。」
誰に向けた言葉かは、誰も聞かなかった。
青嶺の市場。
人通りは多く、露店が立ち並んでいる。
リシアは普段より少しだけおしゃれをしていた。
白いワンピースに、水色の髪飾り。
ベスは一瞬だけ見とれる。
「似合ってる。」
その一言で、リシアの顔は真っ赤になった。
「ありがとう……。」
本人は何気なく言っただけ。
それが余計にずるかった。
二人は市場を歩く。
焼き団子を半分こし、香辛料の店をのぞき、小さな雑貨屋へ入る。
「これ、かわいい。」
リシアが手に取ったのは、小さな星形のガラス細工だった。
青く透き通り、光を受けると夜空のように輝く。
「『バル石』っていう鉱石で作られてるんだって。」
店主が説明する。
「夜になると少しだけ光る、不思議な石さ。」
ベスは静かに見つめる。
「きれいだ。」
リシアは名残惜しそうに棚へ戻そうとする。
その時。
「これください。」
ベスが代金を払っていた。
「えっ?」
「旅から帰ってきた記念。」
そう言って、ガラス細工をリシアへ渡す。
「いつも薬、ありがとう。」
「何度も助けてもらったから。」
リシアは受け取ったまま動けなかった。
目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「大げさだよ。」
ベスは笑う。
「ありがとうって言いたかっただけ。」
昼過ぎ。
丘の上へ登る。
青嶺の街が一望できた。
風が心地いい。
二人は並んで腰を下ろす。
しばらく無言。
リシアが静かに口を開く。
「ねえ。」
「旅の間、怖くなかった?」
ベスは少し考える。
「怖かったよ。」
「何回も。」
「でも。」
「帰る場所があるって思えたから。」
「頑張れた。」
リシアは嬉しそうに笑う。
「よかった。」
その一言だけだった。
帰り道。
夕焼けが街を赤く染める。
リシアは勇気を振り絞る。
「あのね。」
「また。」
少しだけ俯く。
「また、一緒に歩いてくれる?」
ベスは迷わず頷く。
「もちろん。」
「今度はみんなも誘おう。」
一瞬だけ沈黙。
リシアは苦笑した。
「……うん。」
(そこは二人でって言ってほしかったな。)
心の中だけで呟く。
宿へ戻ると、待ち構えていたレオンがニヤニヤしていた。
「お帰り!」
「楽しかったか?」
「うん。」
ベスは満面の笑みで答える。
「街って面白いな!」
レオンは天を仰ぐ。
「違う、そうじゃない……。」
アイラは笑いをこらえきれず吹き出した。
ガルドは湯呑みを置き、小さく言う。
「鈍い。」
その一言に、宿中が笑いに包まれた。
リシアも笑っていた。
少しだけ切なく。
でも、とても幸せそうに。
夜。
部屋へ戻ったリシアは、ベスにもらった星形のガラス細工を窓辺へ飾る。
月明かりを浴びたそれは、小さく青く輝いていた。
「ありがとう。」
誰にも聞こえない声でそう呟き、そっと胸に抱きしめる。
それは恋が始まった日ではない。
けれど、恋を大切に育てようと決めた、大切な一日だった。




