表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バル  作者: 隣の猫
PR
50/398

アルキオーネ



朝日が東の空を染める。


山道を抜けたベスの前に、巨大な城壁が姿を現した。


蒼嵐最大の都市――青嶺。


白い石造りの城壁と、青い瓦屋根がどこまでも続く。


無数の風鈴が城門に吊るされ、風が吹くたびに澄んだ音色が街を包んでいた。


「……着いた。」


思わず息をのむ。


三か月。


長かった。


本当に長い旅だった。




門番へ身分を告げ、街へ入る。


市場は活気にあふれ、人々の笑い声が響いている。


焼き魚の香り。


鍛冶場から聞こえる槌音。


子どもたちが走り回る姿。


ベスはゆっくりと歩いた。


(守りたい。)


その想いが、自然と胸に浮かぶ。


復讐だけを考えていた頃にはなかった感情だった。




「ベス。」


隣を歩いていたユナが足を止める。


「私はここまで。」


ベスも立ち止まる。


「一緒に来ないのか?」


ユナは首を横に振った。


「まだ、私にはやることがある。」


少しだけ微笑む。


「でも。」


「また会う。」


ベスも笑う。


「ああ。」


「また会おう。」


短い約束。


けれど、不思議と疑う気持ちはなかった。


ユナは人混みへ消えていく。


最後に一度だけ振り返り、小さく手を振った。


ベスも静かに手を振り返した。




待ち合わせ場所は、街の中央にある時計塔。


ガルドが決めた場所だった。


約束の刻限まで、あと少し。


ベスは時計塔の下へ立つ。


胸が高鳴る。


(みんな、無事だろうか。)


その時。


「……ベス?」


聞き慣れた声。


振り返る。


そこに立っていたのは――


レオンだった。


「お前!」


レオンは一瞬言葉を失い、次の瞬間には笑いながらベスの肩を思い切り叩いた。


「生きてやがった!」


「痛っ!」


ベスも思わず笑う。


二人は固く握手を交わした。


「心配したんだぞ!」


「俺もだ。」


その笑顔だけで、三か月の孤独が報われた気がした。




「おい。」


低く落ち着いた声が響く。


人混みの向こうから、大きな影が歩いてくる。


ガルドだった。


腕を組み、いつもの厳しい表情。


ベスは思わず背筋を伸ばす。


「団長。」


ガルドは何も言わない。


ゆっくりとベスの前まで歩いてくる。


そして――


ゴツン。


拳で軽く頭を小突いた。


「遅い。」


たった一言。


それだけだった。


ベスは笑う。


「すみません。」


「生きて帰ってきました。」


ガルドは小さく鼻を鳴らす。


「見れば分かる。」


少しだけ間を置いて、ガルドはベスの顔をまっすぐ見た。


「……目が変わったな。」


「前は剣でしか世界を見ていなかった。」


「今は、人を見ている。」


その言葉に、ベスは息をのむ。


ガルドは続ける。


「背も伸びた。」


「肩の力も抜けた。」


「何より、迷っても前へ進む顔になった。」


ベスは何も言えなかった。


ただ、胸の奥が熱くなる。


ガルドは小さく頷く。


「よく帰った。」


その一言だけで十分だった。


ベスは深く頭を下げる。


「ありがとうございます。」


それは師弟としてではなく、一人の戦士として認められた瞬間だった。




やがてアイラとリシアも人混みの向こうから姿を現す。


「ベス!」


「本当に無事だった!」


リシアは涙ぐみながら駆け寄る。


「心配したんだから……。」


ベスは照れくさそうに笑う。


「ごめん。」


少し遅れてアイラも歩いてくる。


腕を組み、呆れたようにため息をついた。


「相変わらず心配ばかりかけるんだから。」


少しだけ間を置いて、小さく微笑む。


「……でも、無事でよかった。」


レオンが笑いながら肩を叩く。


「これで全員そろったな。」


ベスは静かに仲間たちを見渡した。


三か月前と同じ景色。


なのに、どこか違って見えた。




その夜。


灰鷹は久しぶりに全員で食卓を囲んだ。


笑い声が絶えない。


ガルドが酒を置き、静かに言う。


「……ベス。」


「はい。」


「強くなったな。」


その言葉は、ただ腕力や技量を褒めるものではなかった。


人の痛みを知り、助けることを覚え、迷いながらも自分で選ぶようになった。


そのすべてを見たうえでの言葉だった。


ベスは深く頭を下げる。


「ありがとうございます。」


それは師弟としてではなく、一人の戦士として認められた瞬間だった。




夜更け。


宿の屋上。


ベスは一人、夜空を見上げていた。


すると後ろから、小さな風鈴の音がした。


チリン。


振り返る。


誰もいない。


屋根の端に、小さな竹の風鈴が一つ置かれていた。


その下には、小さな紙。


「約束は守ったね。」


それだけ書かれていた。


字を見た瞬間、ベスは笑う。


「……ユナ。」


風が吹く。


風鈴が静かに鳴る。


ベスはその風鈴を大切に荷物へしまった。


旅は終わった。


けれど――


物語は、まだ終わらない。




その頃。


中央島。


神々が住まうと伝えられる天空神殿。


巨大な扉が、ゆっくりと開く。


「灰鷹が動き始めたか。」


玉座に座る一柱の神が静かに目を開く。


その瞳は、人間を見ていなかった。


世界そのものを見下ろしていた。


「ならば試そう。」


「人は、本当に希望を選ぶのか。」


その言葉とともに、神殿の鐘が鳴り響く。


静かだった空に、不穏な風が吹き始める。


ベスの旅は終わった。


だが――





















神々との戦いは、ここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ