プレイオネ
夜の山は静かだった。
小さな焚き火が、二人の間を優しく照らしている。
パチッ、と薪が弾ける音だけが響く。
ベスは黙ったまま火を見つめていた。
ユナも何も聞かない。
無理に話そうとはしなかった。
沈黙が、不思議と苦しくない。
しばらくして、ベスがぽつりと口を開いた。
「俺さ。」
「昔は、泣くことしかできなかった。」
ユナは静かに顔を上げる。
ベスは焚き火を見つめたまま続けた。
「魔物が村を襲った日。」
「俺は隠れてた。」
拳が少し震える。
「父さんも。」
「母さんも。」
「助けを呼んでた。」
声が少し掠れる。
「でも俺は……。」
「怖くて。」
「何もできなかった。」
風が吹く。
焚き火が揺れる。
ベスは笑おうとした。
でも笑えなかった。
「だから。」
「神様を憎んだ。」
「こんな世界を作った神を。」
「全部壊してやろうって思った。」
ユナは何も言わない。
ただ、静かに聞いている。
「でも。」
ベスは空を見上げた。
星々が広がっていた。
「旅をして。」
「いろんな人に会って。」
「分からなくなった。」
「神を倒せば、本当に終わるのかなって。」
その声には、怒りよりも迷いがあった。
ユナは小さく頷く。
「迷っていい。」
その一言だけだった。
今度はユナが口を開く。
「私も。」
「家族はいない。」
ベスが驚いて顔を向ける。
「物心ついた時には、あの組織で育った。」
「刀の握り方。」
「人を疑うこと。」
「命令に従うこと。」
「それだけ教えられた。」
少しだけ寂しそうに笑う。
「だから。」
「家族っていうものが分からない。」
ベスは荷物の奥から、小さな押し花を取り出した。
白い花。
旅の最初に少女からもらったものだった。
「これ。」
ユナへ差し出す。
「……?」
「初めて守れた村でもらった花。」
「俺のお守り。」
ユナは戸惑う。
「そんな大事なもの。」
ベスは首を横に振る。
「半分こ。」
「一人で持つより。」
「二人で持った方が無くさない気がする。」
ユナは押し花を受け取る。
その指先が少し震えていた。
「……変な人。」
そう言って笑う。
でも、その笑顔には今までの壁がなかった。
翌朝。
夜明け前。
ベスが目を覚ますと、ユナはもう起きていた。
竹筒で湯を沸かし、温かいお茶を淹れている。
「起きた?」
「ああ。」
「昨日のお礼。」
湯気の立つ茶碗を差し出す。
「ありがとう。」
ベスは一口飲む。
ほんの少し苦い。
でも、体の芯から温まる。
「おいしい。」
ユナは少しだけ誇らしそうに笑った。
二人は並んで歩き始める。
まだ仲間ではない。
友達とも言えない。
それでも、一人旅だった道が二人分の足音になった。
その変化は、ベス自身も気づかないほど小さなものだった。
その頃。
黒衣の男は、一枚の古い地図を広げていた。
中央には、大陸を囲む四つの海。
そして、その中心に浮かぶ島。
男は静かに呟く。
「もうすぐだ。」
「ベス。」
「お前は真実へ近づいている。」
部屋の隅には、誰にも見せたことのない古い肖像画が飾られていた。
そこには、一人の若い戦士が描かれている。
その顔立ちは――。
どこか、ベスによく似ていた。
男はその絵を見つめ、静かに目を閉じる。
「……すまない。」
その謝罪の意味を知る者は、まだ誰もいなかった。




