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バル  作者: 隣の猫
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マイア



少女と出会った翌朝。


雨は上がり、山道には朝靄が立ち込めていた。


ベスは焚き火の跡を消し、荷物をまとめる。


「見極める……か。」


昨夜の言葉が頭から離れない。


誰だったのか。


なぜ自分の名を知っていたのか。


考えても答えは出ない。


ベスは深く息を吸い、再び青嶺への道を歩き始めた。




昼前。


切り立った崖沿いの街道を進んでいると、鋭い金属音が風に乗って聞こえた。


「助けて!」


少女の悲鳴。


ベスは迷わず駆け出す。


谷へ下りると、一台の荷馬車が横転していた。


商人と護衛が三人。


そして五体の猿型魔物が取り囲んでいる。


「間に合え!」


ベスは地面を蹴った。


右手の剣が一閃。


一体の腕を弾き飛ばす。


残る四体が一斉に飛びかかる。


獣爪で受け流し、その勢いを利用して体を回転させる。


シオンから教わった「流す」剣。


力で押し返さない。


風のようにかわし、最短で斬る。


二体。


三体。


しかし最後の一体が荷馬車へ飛び乗る。


中には、小さな赤ん坊がいた。


「しまっ……!」


距離が遠い。


間に合わない。


その瞬間。


ヒュン――。


一本の細い刀が空を裂いた。


魔物の腕だけが静かに地へ落ちる。


ベスは目を見開いた。


「あの時の……!」


木の上から飛び降りたのは、昨夜の少女だった。


彼女は軽やかに着地すると、落ちていた刀を拾う。


無駄のない動き。


一切の乱れがない。


残る魔物は恐れたように逃げ去っていった。




商人たちは何度も頭を下げる。


「助かった……!」


「本当にありがとう!」


ベスが礼を言おうと少女を見ると、彼女は背を向けて歩き出していた。


「待って!」


少女は足を止める。


「昨日の続きだ。」


ベスはまっすぐ見つめる。


「名前くらい教えてくれ。」


少しの沈黙。


風が二人の間を吹き抜ける。


やがて少女は振り返った。


「……ユナ。」


それだけだった。


「私はユナ。」


「それ以上は、まだ話せない。」


ベスは小さく笑う。


「じゃあ俺も。」


「改めて、ベスだ。」


ユナは少し驚いた顔をする。


「知ってる。」


その一言に、二人とも思わず笑ってしまった。




近くの川辺で休憩を取る。


ユナは焚き火を見つめたまま話し始める。


「あなたを追っていた。」


「追っていた?」


「うん。」


「命令だから。」


ベスの表情が引き締まる。


「誰の?」


ユナは首を横に振る。


「まだ言えない。」


「でも、一つだけ。」


静かにベスを見つめる。


「あの村で子どもを助けたこと。」


「風鈴の村で皆と崖を直したこと。」


「レンという鍛冶師を励ましたこと。」


「全部見てた。」


ベスは息をのむ。


「ずっと……?」


「うん。」


「だから昨日、見極めに来た。」




「結論は?」


ベスは苦笑しながら尋ねる。


ユナは少し考え、初めて柔らかく笑った。


「……まだ分からない。」


「でも。」


「あなたは、噂とは違った。」


その笑顔は一瞬だった。


だが、ベスの胸には不思議と温かく残った。




別れ際。


ユナは歩きながら振り返らずに言う。


「青嶺まで、あと二十日くらい。」


「気を付けて。」


「あなたを狙ってる人たちは、一人じゃない。」


ベスは問い返す。


「君は敵なのか?」


ユナは少しだけ立ち止まり、空を見上げた。


「……それを決めるために、私は来た。」


そのまま竹林へ消えていく。




一人になったベスは空を見上げる。


不思議な少女だった。


敵なのか。


味方なのか。


まだ分からない。


だが一つだけ確かなことがある。


彼女は、自分を殺そうとはしなかった。


そして、自分もまた彼女を追わなかった。


信じたわけではない。


でも、疑うだけでもなかった。


その距離が、今の二人にはちょうど良かった。




その頃。


蛇が尾を噛む紋章を掲げる隠れ里。


黒衣の男は静かに報告を聞いていた。


「ユナは接触しました。」


男は目を閉じる。


「そうか。」


「どうだった。」


部下は少し驚いたように答える。


「……報告書には。」


「『対象は危険人物ではない』とだけ。」


黒衣の男は、ほんの少しだけ笑った。


「らしい答えだ。」


しかし、その直後。


別の男が口を開く。


「ならば、私が始末しましょう。」


部屋の奥から現れたその男の腰には、二本の黒い刀。


冷たい殺気が部屋を満たす。


黒衣の男の表情が初めて険しくなる。


「……待て。」


だが男は笑う。


「命令ではなく、興味です。」


そう言い残し、闇へ姿を消した。


黒衣の男は静かに呟く。


「ベス。」
























「次に会う相手は……本物だ。」

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