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バル  作者: 隣の猫
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434/437

433



雪が。


静かに降っていた。


さっきまで。


あれほど荒れていた雪原が。


嘘のように静まっている。


黒い霧が。


少しずつ薄れていく。


その上空。


アイラは。


まだ空にいた。


風の羽を。


静かに広げている。


けれど。


その羽が。


少しずつ薄くなっていた。


指先から。


力が抜けていく感覚。


空気に溶けていくような。


遠のく意識の中で。


アイラは。


違和感に気づく。


「……。」


身体へ。


力を入れる。


風を。


呼ぶ。


だが。


もう。


応えはない。


さっきまで確かにあったはずの風が。


掌からすり抜けていく。


羽の形が。


崩れていく。


一枚。


また一枚。


風の粒となって。


静かに。


空へ消えていく。


アイラの身体が。


わずかに傾いた。


視界の端が。


揺れる。


「……あ。」


その声は。


自分でも驚くほど小さかった。


次の瞬間。


風が。


完全に消えた。


身体を。


支えていたものが。


すべて。


なくなる。


落ちる。


ただ。


落ちる。


「アイラ!」


レオンが。


叫んだ。


その声だけが。


やけに遠く聞こえた。


雪を蹴る音。


必死に駆ける気配。


それでも。


間に合わない。


空が。


近づく。


冷たい白が。


視界を埋める。


次の瞬間。


ドサッ。


衝撃は。


思ったよりも柔らかかった。


強い腕が。


受け止めている。


「……ったく。」


レオンの声が。


すぐ耳元で聞こえた。


息が少し乱れている。


それでも。


腕は。


震えていなかった。


「無茶しやがって。」


その言葉に。


返す力はない。


アイラは。


ただ。


静かに目を閉じていた。


まぶたの裏に。


まだ風の残滓が揺れている。


遠くで。


誰かの足音。


リシアが。


すぐに駆け寄る。


雪を踏む音が。


やけに現実的だった。


「眠っています。」


指先が。


そっと脈を確かめる。


「怪我はありません。」


その声は。


少しだけ。


安堵を含んでいた。


「加護の反動でしょう。」


レオンが。


アイラを見下ろす。


頬に触れそうで。


触れない距離で。


一瞬だけ。


言葉を失う。


「……そうか。」


その声は。


いつもより。


ずっと静かだった。


エインが。


周囲を見渡す。


身喰らう蛇は。


倒れている。


神の先兵も。


もう動かない。


そして。


少し離れた場所には。


割れた仮面と。


消えかけた黒い霧。


戦いは。


終わっていた。


ボルグが。


大楯をゆっくり下ろす。


金属が。


雪に触れる音が。


重く響く。


「……とんでもない力だったな。」


誰も。


すぐには答えなかった。


その言葉だけが。


雪原に残る。


ガルドが。


静かに。


雪原を見渡す。


風の跡を。


確かめるように。


そして。


アイラへ視線を落とす。


眠っているその顔は。


戦場にいた者とは思えないほど。


静かだった。


「……行くぞ。」


レオンが。


ゆっくりと顔を上げる。


「どこへ?」


ガルドは。


雪山の奥を見る。


その目に。


迷いはない。


「ベスの後を追うぞ。」


誰も。


反対しなかった。


レオンは。


腕の中のアイラを。


少しだけ強く抱き直す。


その重さが。


妙に現実的で。


「分かった。」


灰鷹は。


再び。


雪山を歩き始めた。


その先にいる。


まだ見ぬ仲間を追うために。


雪だけが。


静かに。


彼らの背中を覆っていった。

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