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その時。
アイラの中に。
いくつもの記憶が。
一気に流れ込んだ。
灰鷹の日々。
弓を握り続けた時間。
外しては、また引く。
ただそれだけの反復。
風のわずかな揺らぎを追い続けた日々。
オアシス。
小鷹と過ごした時間。
砂の上を滑るように流れる風。
その中で笑った記憶。
そして。
最後に。
あの日。
虚無の盟主。
折れた弓。
動かなかった身体。
読めていた。
分かっていた。
それでも。
届かなかった。
恐怖。
悔しさ。
無力感。
そのすべてが。
胸の奥で再び疼く。
だが。
アイラは。
目を開いた。
「……負けられない。」
声はかすれていた。
それでも。
弦を握る指だけは。
確かに強くなっていた。
「負けて……たまるか。」
その瞬間。
風が変わった。
空気が一度、沈むように収縮する。
次の瞬間。
爆ぜるように。
風が集束した。
細い流れが。
無数の線となって。
アイラの背へ殺到する。
ゴォォォォォ……ッ!!
背中で。
風が“渦”になる。
ただの流れではない。
空間そのものを巻き込むような回転。
その中心から。
何かが“形”を持ち始める。
羽。
風の羽。
最初は薄い輪郭だったものが。
一瞬ごとに密度を増し。
刃のような流線へと変わる。
左右へ。
一気に展開。
巨大な翼が。
背中から“開く”。
その瞬間。
空気が裂けた。
ゴォォォォォォッ!!
暴風が。
横殴りに戦場を薙ぎ払う。
雪が地面ごと剥がれ。
白い視界が一瞬で塗り潰される。
幹部の手刀が。
その暴風の中へ振り抜かれる。
だが。
手応えはない。
切ったのは風ではない。
“残像”だけだった。
幹部の視線が跳ね上がる。
その瞬間。
上空。
そこに。
アイラがいた。
風の羽が。
空を掴むように広がり。
一拍ごとに空気を叩いている。
そのたびに。
身体が“滑るように”位置を変える。
落下ではない。
飛翔でもない。
風そのものに乗っている。
アイラは弓を引いた。
空気が。
一瞬だけ静止する。
――キィィン。
弦が鳴る。
その音は。
雪原全体に“線”を引いたように響いた。
幹部が顔を上げる。
だが。
もう遅い。
空が割れる。
無数の“風の矢”が。
一斉に降り始めた。
ヒュヒュヒュヒュヒュッ!!
それは雨ではない。
一本一本が。
空気を削りながら落ちてくる。
速度が速すぎて。
軌跡が光の線に見える。
一本目が。
黒い霧を貫く。
二本目が。
その裂け目を広げる。
十本目で。
防御の形が崩れる。
数十。
数百。
風の矢が。
一点へ収束するように叩き込まれる。
空間が。
“刺されている”ようだった。
幹部の身体が。
大きく揺れる。
黒い霧が。
破片のように散る。
そして。
最後の一撃が落ちた瞬間。
雪原が。
一瞬だけ“無音”になった。
次の瞬間。
轟音。
幹部の身体が。
地面へ叩きつけられる。
雪が爆ぜ。
白い柱が立ち上がる。
その中心で。
アイラの羽が。
ゆっくりと揺れた。
風が。
まだ止まらない。
羽は。
生き物のように空気を掴み続けている。
アイラは。
空から戦場を見下ろしていた。
地上とは違う。
風の流れが。
すべて“線”として見える世界。
その中心に。
自分がいる。
ただそれだけを。
静かに理解していた。
鷹の加護が。
発動した。




