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バル  作者: 隣の猫
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43/397

カフ



狼型の魔物と別れてから数日。


ベスは山を越え、竹林の奥深くへと足を踏み入れていた。


風が吹くたび、青々とした竹が波のように揺れる。


その音は、不思議と心を落ち着かせた。


しかし、その静寂を破る音が響く。


――カン。


――カン。


金属が打ち合う澄んだ音。


誰かが戦っている。


ベスは音のする方へ駆け出した。




竹林が開けた先には、小さな道場があった。


屋根は古く、壁もところどころ傷んでいる。


その庭で、一人の老人が木刀を振っていた。


相手はいない。


ただ、風へ向かって一太刀ずつ振るっている。


不思議なことに、竹の葉がその太刀筋を避けるように舞っていた。


「……すごい。」


思わず声が漏れる。


老人は振り返らずに言った。


「見ているだけでは、風は読めんぞ。」


ベスは驚く。


気配に気づかれていた。


「すみません。」


老人は木刀を肩に担ぎ、ようやく振り返った。


白髪を後ろで束ねた、小柄な男。


だが、その目は若者のように鋭い。


「旅人か。」


「はい。」


「名は?」


「ベスです。」


老人は少しだけ笑った。


「儂はシオン。」


「この道場の主だ。」




シオンはベスの腰の剣と左腕の獣爪を見て目を細めた。


「変わった戦い方をするな。」


「右で斬り、左で狩る。」


「……獣のようじゃ。」


ベスは少し照れくさそうに笑う。


「昔から、この戦い方なんです。」


「そうか。」


シオンは木刀を一本放り投げた。


「なら、見せてみろ。」




模擬戦が始まる。


ベスは深呼吸を一つ。


そして踏み込む。


剣を振る。


獣爪を繋ぐ。


波のような連撃。


以前よりも滑らかになった動き。


しかし。


カン。


軽い音。


シオンの木刀が、すべてを受け流す。


速くない。


力強くもない。


ただ、そこにあるだけ。


「まだ力で押そうとしておる。」


ベスは踏み込み直す。


低く潜る。


獣爪で足を狙う。


だが、その瞬間にはシオンは半歩だけ横へ動いていた。


空を切る。


「焦るな。」


木刀がベスの肩へ軽く触れる。


一本。


負けだった。




「悔しいか。」


シオンが尋ねる。


ベスは息を整えながら頷く。


「はい。」


「なら良い。」


シオンは庭へ座り込む。


「悔しさは、自分が前へ進みたい証だ。」


「負けを恥じるな。」


「負けから目を逸らすことを恥じろ。」


その言葉は、ガルドの教えにもどこか似ていた。




その夜。


ベスは道場へ泊めてもらうことになった。


夕食は質素だった。


白米。


焼き魚。


味噌のような汁物。


シオンは静かに箸を動かす。


「旅は楽しいか。」


突然の問い。


ベスは少し考えて答えた。


「楽しいです。」


「でも、苦しいことの方が多いです。」


シオンは笑う。


「だから旅は良い。」


「苦しまぬ旅など、心を育てん。」




翌朝。


夜明け前。


シオンはベスを竹林へ連れ出した。


朝露が葉を濡らしている。


「剣を抜け。」


ベスは構える。


「斬ってみろ。」


目の前には一本の竹。


細く、真っ直ぐ伸びている。


ベスは振り下ろす。


竹は切れた。


だが、葉が大きく揺れた。


「もう一度。」


二度。


三度。


何度やっても同じ。


シオンは一本の竹の前へ立つ。


木刀をゆっくり振る。


スッ。


音もなく竹が割れる。


葉はほとんど揺れない。


ベスは目を見開いた。


「どうして……。」


シオンは空を見上げる。


「風に逆らえば、風は暴れる。」


「風に寄り添えば、風は道を譲る。」


「剣も同じじゃ。」




その日の夕方。


ベスは道場を後にする。


別れ際、シオンは一枚の竹札を渡した。


そこには風を表す古い文字が刻まれていた。


「迷った時は、それを見るがよい。」


「答えは書いておらん。」


「だが、自分へ問いかけることは忘れぬ。」


ベスは深く頭を下げる。


「ありがとうございました。」


「また来ます。」


シオンは笑って手を振った。


「その頃には、今より少しだけ強くなっておれ。」




竹林を抜けたベスは、竹札を握りしめながら歩く。


その背中は、一人旅を始めた頃より少しだけ大きく見えた。


遠くの丘の上では黒衣の男が静かに頷く。


「師に恵まれる。」


「それも、お前の強さだ。」


そう呟くと、男は夕焼けの中へ姿を消した。


風は東へ流れ続ける。






















ベスの旅もまた、新たな学びを胸に続いていくのだった。

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