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バル  作者: 隣の猫
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423



黒い刃が。


雪原を裂いた。


ザシュッ――と、乾いた音が遅れて追いかけるように響き、切り裂かれた雪が黒い線を引いて跳ね上がる。


「銀氷華――!」


リシアの声が落ちると同時に、二本の剣が空気を切った。


キィィン……ッ!


澄んだ金属音ではない。氷が砕けるような、細かい破裂音が重なり合い、周囲の空気が一瞬で冷え込む。


足元から白い霜が走り、花が咲くように広がった。


銀色の氷片が、無数の羽のように舞い上がる。


その中心で、黒い刃が叩きつけられた。


ガァンッ!!


衝突の瞬間、空気が震えた。


黒と銀がぶつかり合い、火花ではなく“霧”が弾ける。黒い霧が焼けるように散り、焦げた布のような重い匂いが一瞬だけ鼻を刺した。


リシアの足が雪面を滑る。


ザッ――と、靴底が雪を削り、白い粉が後方へ噴き上がる。


「……っ!」


踏み止まるたびに、足元の氷が“ギシッ”と鳴いた。銀氷華が地面に根を張るように広がり、彼女の動きを支えている。


だが――。


黒い霧は、止まらない。


むしろ“形を変える”ことで、さらに圧を増した。


剣だったものが、音もなくほどける。


ドロリ、と黒い液体のように崩れた霧が、次の瞬間には鋭い線を描いた。


槍。


「!」


空気が裂ける音が、遅れて耳に届く。


ヒュンッ――!


間合いが一気に伸びた。


リシアの頬を、冷たい風と共に黒い穂先が掠める。


皮膚が薄く裂け、赤い線が一瞬だけ浮かぶ。


「速い……!」


その言葉が出る前に、槍は“消えた”。


いや、消えたのではない。


霧がほどけるように崩れ、空中で再構築される。


短剣。


ギュンッ、と空気を吸い込むような音と共に、黒い刃が“距離を殺す形”へ変わる。


懐へ。


リシアは反射で二本の剣を交差させた。


キィィンッ!!


金属音が鋭く弾け、火花の代わりに銀の氷片が飛び散る。


短剣の衝撃が、腕を通して骨に響いた。


「くっ……!」


だが、止まらない。


黒い霧は“攻撃の形”ではなく、“戦い方そのもの”を変えてくる。


次は――。


鎌。


ゴォッ、と空気が重く鳴った。


視界の端で、黒い霧が大きく弧を描く。


まるで夜そのものが刃になったように、巨大な曲線が横薙ぎに走る。


リシアは跳ぶ。


ザッ――!


雪が爆ぜるように舞い上がり、白い粉塵が視界を覆う。


その中を、鎌の軌跡だけが黒い傷跡として残った。


ズバァァッ!!


遅れて、空気が裂ける音。


「レオン!」


リシアの声より早く、レオンが踏み込んでいた。


ドンッ!!


大剣が鎌の軌道に叩きつけられる。


金属と霧がぶつかる異様な音。


ガァンッ!!


衝撃で雪が円形に吹き飛び、地面が露出する。


鎌は一瞬だけ形を保ち――そして霧へ戻った。


だが、その霧は“逃げない”。


むしろ、背後へ回り込むように滑る。


「後ろだ!」


レオンの声。


その瞬間、霧が再び収束する。


槍。


今度は“背中を狙う形”で、一直線に突き出された。


ボルグが間に割り込む。


ドォンッ!!


大楯に衝撃が走り、鈍い金属音が雪原に響いた。


盾の表面が“軋む”。


「ぐっ……重い……!」


押し込まれる。


雪が足元で“ギギギッ”と悲鳴を上げるように削れていく。


「まだだ!」


ボルグが歯を食いしばり、全身で押し返す。


その隙間を縫うように――。


エインが弓を引き絞る。


ギィィ……と弦が鳴る音が、張り詰めた空気をさらに引き締めた。


「アイラ!」


「分かってる!」


ヒュンッ!!


二本の矢が同時に放たれる。


空気を裂く鋭い音。


だが黒い霧は、それを“受ける”のではない。


広がる。


ブワッ、と視界が黒に染まる。


矢が霧に飲まれた瞬間――。


霧の中から、細い線が生まれた。


一本。


二本。


四本。


無数の“黒い矢”。


ヒュンヒュンヒュンッ!!


空気を切り裂く音が重なり、雪原に不規則な悲鳴のように響く。


「散れ!」


ガルドの声が落ちる。


灰鷹が一斉に動いた。


ドンッ、ザッ、ギュッ――


それぞれが別方向へ跳ぶたび、黒い矢が地面に突き刺さる。


ドドドドッ!!


雪が爆ぜ、白い粉が煙のように立ち上がる。


一瞬で、雪原に無数の“穴”が穿たれた。


リシアはその中を滑るように移動する。


銀氷華の氷が足元で軋み、彼女の動きを支えながらも、時折“パキッ”と小さく割れる音を立てる。


黒い矢が追う。


ヒュンッ、ヒュンッ――!


「速い……!」


リシアは二本の剣を振る。


キィンッ!


一つ。


キィンッ!


二つ。


キィンッ!


三つ。


弾くたびに、氷片が舞い、視界が白と黒に分断されていく。


だが――。


その背後で。


黒い霧は、すでに“別の形”を作っていた。


長い刃。


リシアの背筋に冷たい感覚が走る。


振り返る。


間に合わない。


その瞬間――。


ガルドが横から踏み込んだ。


キィィンッ!!


灰色の剣と黒い刃がぶつかる。


金属音と霧の軋みが混ざり合い、耳の奥が痛くなるような衝撃が走った。


「下がれ!」


リシアは一歩、雪を蹴って後退する。


ガルドがそのまま押し込む。


だが――。


黒い刃は、また“笑うように”形を変え


空気を裂きながら。


ガルドへ滑り込む。


一瞬前まで“剣”だった形が、途中でほどけるように崩れ、細い霧の線へ変わった。


その霧が再び収束する。


――短剣。


刃先が、ガルドの脇腹へ“点”として突き刺さる軌道で跳ぶ。


「っ!」


ガルドは半歩だけ遅れて身体をひねる。


刃は直撃を避けたが、黒い線が布を裂き、脇腹を浅く削った。


そのまま霧は止まらない。


切り裂いた勢いのまま、ガルドの背後へ“回り込む軌道”で流れる。


「団長!」


レオンが地面を蹴った。


踏み込みと同時に、大剣が横一文字に振り抜かれる。


空気ごと叩き潰すような一撃。


ガァンッ!!


黒い霧が“面”で受け止められ、衝撃で四散する。


だが散った霧は地面に落ちない。


空中でばらけた粒が、逆流するように一点へ収束する。


形が変わる。


――鎌。


巨大な弧を描く刃が、レオンの頭上に“落下軌道”で生成される。


「おらぁっ!!」


レオンは大剣を真上へ。


刃と刃が正面衝突する。


ズンッ!!


衝撃が地面へ抜け、レオンの膝が雪へ沈む。


その瞬間、鎌の刃は“押し潰す力”から“滑る力”へ変わり、横へ流れ始める。


「させるか!」


ボルグが横から大楯を叩き込む。


ドンッ!!


盾の面が鎌の軌道を強制的に逸らし、刃はレオンの頭上を外れて雪原へ叩きつけられる。


「今だ!」


エインが弓を引き絞る。


アイラも同時に狙いを合わせる。


二本の矢が、わずかに時間差をずらして放たれた。


ヒュッ! ヒュッ!


虚無の使徒は霧を広げる。


矢の軌道上に“壁”のように霧を展開し、一本目を飲み込む。


だが二本目は、その霧の密度の“薄い継ぎ目”を抜けた。


「そこ!」


アイラの矢が、一直線に肩へ突き刺さる軌道で走る。


ザッ。


黒い外套が裂け、肩口に赤が滲む。


その瞬間。


リシアが踏み込んだ。


「銀氷華!」


足元から氷が“放射状”に広がる。


円ではない。


刃のような氷の筋が、地面を走り、敵の足元を“縫い止める”ように伸びていく。


虚無の使徒の足が、氷の枝に絡め取られる。


「今です!」


ガルドが一気に距離を詰める。


レオンが正面から圧をかけるように踏み込み、逃げ道を潰す。


ボルグが横を塞ぎ、盾で“壁”を作る。


エインの矢が背後の逃走線を封じる。


アイラがその全体の“崩れ”を見て、次の射線を構える。


そしてリシアが、氷の拘束をさらに締め上げるように力を込めた。


一瞬。


ほんの一瞬だけ。


黒い霧の動きが“止まる”。


「――!」


ガルドの剣が、その一点へ一直線に走った。


ザンッ!!


黒い外套が縦に裂ける。


血が、白い雪へ落ちた。


一滴。


二滴。


虚無の使徒は数歩後退する。


灰鷹は誰も構えを解かない。


リシアが息を整えながら呟く。


「……入りました。」


虚無の使徒は肩の傷に指を触れ、滲む血を見下ろした。


だがその血は、すぐに黒い霧と混ざり合い、傷口を“縫うように”覆っていく。


霧が肉体の内側から滲み出る。


修復ではない。


“置き換え”に近い再構築。


男は静かに顔を上げた。


「……なるほど。」


怒りはない。


ただ、戦いの構造を確かめるような声。


黒い霧が再び広がる。


雪原を覆うように。


まだ終わっていない。
















むしろ――ここからだった。

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