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バル  作者: 隣の猫
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418



雪道を。


ベスは歩いていた。


白く染まった山道。


踏みしめるたびに、雪は音を殺すように沈み、靴底の感触だけが確かに残る。


吐く息は白くほどけ、すぐに風へと攫われていく。


頬を刺す冷気は刃のように鋭く、皮膚の奥へ直接入り込む感覚があった。


視界は白い。


遠くの輪郭ほど曖昧に滲み、世界そのものが静かにぼやけている。


やがて。


前方に。


古い神殿が見えてきた。


その手前。


一人の男が立っていた。


黒い外套。


雪の白の中で、その影だけが異質に沈んでいる。


腰には。


二本の黒刀。


カゲロウ。


ベスは。


足を止める。


その瞬間、周囲の“空気の密度”が変わった。


気配。


一人。


二人。


三人。


音はない。


だが確かに、雪の上に“重さ”だけが増えていく。


気づけば。


雪道の左右。


そして後方にも。


黒い外套を纏った者たちが立っていた。


足音はなかった。


雪が踏まれた痕跡すら薄い。


まるで最初からそこに“影”として存在していたかのように。


誰も。


声を出さない。


風だけが通り抜け、外套の裾をわずかに揺らす。


ベスは。


ゆっくりと周囲を見回す。


視界の白さの中で、黒だけが異様に浮かび上がる。


カゲロウが。


ゆっくりと口を開く。


その声は、雪に吸われるように静かだった。


「久しぶりだな。」


冷たい瞳が。


ベスを捉える。


「灰鷹のベス。」


一拍。


口元が。


わずかに歪む。


「いや。」


「フェンリルの継承者。」


そして。


楽しそうに笑った。


「それとも……神への反逆者殿か?」


ベスは。


剣へ手を伸ばす。


鞘から抜ける金属音が、雪の静寂を一瞬だけ裂いた。


「……カゲロウ。」


カゲロウは。


嬉しそうに目を細める。


「覚えていたか。」


「銀狐に何をした?」


ベスの声が。


低くなる。


吐息が白く揺れ、そのまま風に溶ける。


カゲロウは。


二本の黒刀へ手を添えたまま。


答えた。


「神の敵となったお前を殺せ。」


「そう命令が下った。」


ベスの目が。


鋭くなる。


その視線だけで、空気がわずかに張り詰めた。


「だが。」


カゲロウは。


少しだけ笑った。


「お前たちのことを、あの狐は認めていたみたいでな。」


「少し小細工したまでだ。」


「もう、邪魔をされたくなかったのでな。」


ベスは。


拳を握る。


雪が軋むほどに力が入る。


「……仲間は?」


カゲロウが。


視線をわずかに逸らす。


その先には、白い斜面が続いている。


「心配か?」


そして。


周囲の者たちへ。


短く告げた。


「こいつらは、お前の仲間とキツネの処理に当たらせよう。」


ベスが。


振り返ろうとする。


その瞬間。


「いけ。」


声は小さい。


だが、その一言で空気が“切り替わった”。


黒い外套が。


一斉に動いた。


音が。


ない。


雪を踏んでいるはずなのに、沈む感触すら残さず、影だけが滑るように消えていく。


視界の端で、黒が白を裂くように散った。


ベスは。


反射的に振り向く。


仲間たちのいる方へ。


その一瞬。


視線が逸れた“空白”。


そこへ。


黒い刃が割り込んだ。


キィンッ!!


金属音が、雪の静寂を初めて破る。


衝撃が腕に直接響く。


骨の奥まで冷気が刺さるような重さ。


ベスは。


咄嗟に剣を合わせる。


火花が。


白い世界の中でだけ鮮やかに散った。


もう一本。


黒刀が迫る。


視界の端で影が滑る。


ベスは。


身体を捻った。


刃が。


頬を掠める。


皮膚が裂ける感覚だけが遅れて追いつく。


そのまま。


一歩下がる。


雪が沈み、足元の感触が一瞬だけ消える。


カゲロウが。


追ってくる。


右。


左。


二本の黒刀が。


交互に、音もなく空間を切り裂く。


ガキィン!


キィン!


金属音だけが、白い世界に鋭く残る。


ベスは。


剣で受ける。


一撃を流す。


二撃目を弾く。


刃と刃が触れるたび、冷気が火花のように散る。


三撃目。


低い。


視界の下から影が滑り込む。


ベスは。


身体を沈めた。


頭上を黒刀が通過する瞬間、風圧だけが髪を揺らす。


そのまま。


踏み込む。


剣を横へ薙ぐ。


カゲロウが。


刀を立てる。


ギィン!


刃が噛み合う瞬間、雪が一気に舞い上がる。


視界が白に埋まる。


ベスは。


さらに力を込める。


腕の筋が軋む。


カゲロウの足が。


雪を深く踏みしめる。


沈む。


一歩。


もう一歩。


だがその重さの中で、カゲロウの身体がわずかに“抜けた”。


力の方向が消える。


ベスの剣が。


空を切るように流れる。


その瞬間。


黒刀が。


下から跳ね上がった。


空気が裂ける音だけが遅れて届く。


ベスは。


首を逸らす。


刃が。


髪を数本切り落とし、白い雪へと落ちた。


「……!」


ベスは。


後ろへ跳んだ。


雪が爆ぜるように散る。


カゲロウは。


追わない。


二本の黒刀を。


静かに構え直す。


ベスの頬から。


血が一筋。


白い世界の中で、唯一の赤がゆっくりと落ちる。


雪へ触れた瞬間、音もなく染み込んだ。


ベスは。


手の甲で拭う。


カゲロウの口元が。


少しだけ上がる。


「……いい。」


ベスが。


踏み込む。


今度は。


ベスから。


剣が走る。


一閃。


カゲロウが受ける。


二閃。


もう一本の刀が弾く。


三閃。


ベスは。


さらに踏み込む。


雪が爆ぜる。


カゲロウの外套が。


裂けた。


布が裂ける音だけが、遅れて耳に届く。


ほんのわずか。


だが。


確かに。


刃が届いた。


カゲロウの動きが。


止まる。


「……。」


ベスも。


止まらない。


さらに斬る。


黒刀が。


迎え撃つ。


ガキィン!


火花が。


連続して白い空間に散る。


視界が一瞬ずつ明滅するように揺れる。


右。


左。


上。


下。


刃の軌跡だけが空間を塗り替えていく。


一瞬。


カゲロウの肩が。


開いた。


ベスは。


そこへ踏み込んだ。


剣が。


迫る。


カゲロウは。


二本の刀を交差させた。


ギィィン!!


衝撃が空気を押し潰す。


雪が一気に吹き上がり、視界が完全に白に埋まる。


二人の身体が。


同時に後ろへ滑る。


ベスは。


雪を削りながら止まる。


足元の感覚が一瞬消え、再び戻る。


カゲロウも。


数歩下がった。


互いに。


剣と黒刀を構えたまま。


呼吸だけが白く重なる。


カゲロウが。


小さく笑った。


「……あの時より強くなったな。」


ベスは。


剣を握り直す。


答えは。


いらなかった。


カゲロウが。


二本の黒刀を。


ゆっくりと下げる。


「もっと見せろ。」


その瞳が。


初めて。


狂気じみた光を帯びた。


ベスは。


再び踏み込む。


雪が爆ぜる音すら追いつかない速度で。


黒刀が。


迎え撃った。

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