ファング
白い羽が。
舞っている。
ベスは。
もうそこにはいない。
白い翼の視界から。
完全に外れている。
壁際。
崩れた石柱の陰。
さらにその向こう。
リシアの氷が。
薄く光っていた。
その表面に。
ベスの姿が映る。
一瞬。
右。
次は。
左。
また消える。
リシアが。
氷の角度を変えている。
ベスも。
その動きに合わせる。
音を立てない。
呼吸を抑える。
足音を消す。
白い翼が。
氷に映る姿を追っている。
「……。」
ベスは。
目だけを動かした。
前では。
ボルグが大楯を構えている。
ガルドが。
白い刃を弾く。
キィン!!
レオンが。
大剣を振り抜く。
ガァン!!
エインの大弓が。
白い羽を撃ち抜く。
ズドォン!!
アイラの風が。
散った羽を吹き飛ばす。
そして。
リシアの氷が。
さらに反射を増やす。
白い翼の周囲に。
いくつものベスが生まれる。
本物は。
そのどこにもいない。
「今だ!」
ガルドの声。
ボルグが踏み込む。
大楯が。
白い翼へ迫る。
一歩。
また一歩。
その背後に。
ベスはいない。
それでも。
氷の中には。
ベスがいる。
白い瞳が。
その姿を追う。
白い羽が。
集まり始める。
「……。」
ベスは。
動かない。
まだ。
早い。
ボルグが。
さらに前へ出る。
ガルドが。
その横へ並ぶ。
レオンが。
反対側から押し込む。
三方向から。
白い翼の動きを狭める。
リシアの氷が。
また一つ。
反射を生む。
そこに。
ベスの姿。
白い瞳が。
止まった。
次の瞬間。
無数の羽が。
一斉に浮かび上がる。
「来る!」
ボルグが叫ぶ。
すべての羽が。
同じ方向を向いた。
ベスがいる。
そう見える場所へ。
ヒュンッ!!
白い軌跡が。
地下水路を埋め尽くす。
ボルグが。
大楯を構える。
ガギィィィィン!!
盾が震える。
ボルグの足が沈む。
「ぐっ……!」
一撃。
二撃。
三撃。
さらに。
無数。
大楯に亀裂が走る。
それでも。
ボルグは下がらない。
歯を食いしばる音が。
水音よりもはっきり響いた。
「まだだ……!」
その直後。
バギィィィィン!!
大楯が。
弾け飛んだ。
金属が裂ける音が。
地下水路に突き刺さる。
ボルグの身体が。
後ろへ吹き飛ぶ。
白い羽が。
一斉にその奥へ殺到する。
だが。
そこには。
誰もいない。
「……。」
白い羽が。
止まる。
ほんの一拍。
世界が。
空白になる。
水音だけが。
遅れて戻ってくる。
ぽたり。
ぽたり。
白い瞳が。
ゆっくり動く。
確認。
対象。
いない。
初めて。
白い先兵の動きが。
完全に止まった。
その背後。
ベスが。
立っていた。
音もない。
気配もない。
ただそこにいるのに。
世界から切り離されたように。
静かだった。
一歩。
踏み込む。
その一歩が。
水面に落ちる音よりも重く感じられる。
左腕へ。
意識を集中する。
蒼白い光が。
静かに脈打つ。
銀色の獣爪が。
変わる。
指が。
伸びる。
鋭く。
長く。
それはもう。
武器ではなかった。
獣そのものの「意志」だった。
ベスは。
目の前の白い先兵を見る。
怒りが。
ある。
喉の奥で。
まだ燃えている。
殺したい。
奪われたくない。
仲間を傷つけたものを。
許せない。
それでも。
その怒りに。
自分を預けない。
あの時とは違う。
怒りだけでは。
誰も救えなかった。
だから。
今は。
自分で決める。
守るために。
倒す。
「……。」
ベスの身体が。
沈む。
空気が。
一瞬だけ薄くなる。
次の瞬間。
跳んだ。
白い先兵が。
振り返る。
遅い。
その刹那。
ベスの背後に。
巨大な狼の影が重なる。
それは幻ではない。
「狩り」の形だった。
白い羽が。
首元へ集まる。
防御。
反射。
すべてが。
そこへ集中する。
だが。
もう遅い。
銀色の牙が。
音もなく。
そのすべてを貫いた。
防御ではない。
羽でもない。
白い存在そのものの「中心」を。
一瞬で。
噛み砕くように。
白い瞳が。
大きく開く。
驚きでも。
恐怖でもない。
理解できないものを見た目だった。
そして。
そのまま。
光が。
裂けた。
白い翼が。
大きく揺れる。
羽が。
一枚。
また一枚。
まるで記憶がほどけるように。
光へ戻っていく。
身体の輪郭が。
崩れる。
「……。」
声はない。
抵抗もない。
ただ。
そこにあった「存在」が。
静かに消えていく。
最後に残ったのは。
首元に走った一筋の光だけだった。
それも。
やがて。
水へ溶ける。
ぽちゃん。
最後の羽が。
落ちた。
それきり。
動かなかった。
地下水路に。
静寂が戻る。
だがそれは。
ただの静けさではなかった。
音が消えたのではない。
「戦いそのものが終わった」静けさだった。
ベスは。
その場に立っていた。
呼吸が。
少し遅れて戻ってくる。
膝が。
わずかに揺れる。
それでも。
倒れない。
倒れる理由が。
もうない。
背後から。
足音が聞こえる。
「……ベス。」
ガルドだった。
その声は。
いつもより少しだけ低い。
ベスは。
ゆっくり振り返る。
仲間たちがいる。
全員。
傷ついている。
疲れている。
それでも。
誰も倒れていない。
誰も。
ここで終わっていない。
それが。
何よりも重かった。
ベスは。
左腕を見る。
牙は。
もう消えていた。
そこに残っていたのは。
力の痕跡ではない。
ただ一つ。
「選んだ」という事実だけだった。
そしてその事実が。
今までのどんな勝利よりも。
静かに。
胸の奥に残っていた。




