アルタイル
朝日が昇るころには、村は静まり返っていた。
鳥の声は聞こえない。
子どもたちの笑い声もない。
あるのは、燃え尽きた家々から立ちのぼる白い煙だけだった。
ベスは森の中で目を覚ます。
頬は涙の跡で冷たく、喉は焼けるように痛い。
夢ではなかった。
昨日まであった世界は、すべて失われていた。
ふらつく足で村へ戻る。
焦げた木の匂いが鼻を刺す。
家だった場所。
広場だった場所。
井戸だった場所。
どこを見ても瓦礫しか残っていない。
「……誰か。」
声を出してみる。
返事はない。
風だけが灰を舞い上げる。
ベスは歩き続けた。
そして、自分の家の前で立ち止まる。
屋根は崩れ、壁は焼け落ちていた。
その近くで、父は剣を握ったまま息絶えていた。
最後まで一歩も退かなかった姿勢のまま。
ベスは何も言えず、父の前に膝をつく。
小さな手で、剣を握る父の指に触れる。
もう、その手に温もりはなかった。
「……帰ってきたよ。」
それだけしか言えなかった。
涙はもう出ない。
泣きすぎて、流す涙すら残っていなかった。
その時だった。
「生き残りがいたか。」
低い声が聞こえた。
振り向くと、五人の旅人が村へ入ってくる。
全身を革鎧で包んだ戦士たち。
胸元には、灰色の鷹が翼を広げた紋章が刻まれている。
先頭の男は四十代ほどだろうか。
右目を大きな傷で失っていた。
男は村を見回し、静かに目を閉じる。
「……遅かった。」
仲間の一人が唇を噛む。
「全部やられています。」
男は父の亡骸の前でしゃがみ込んだ。
折れた剣を拾い、深く頭を下げる。
「立派な戦士だった。」
ベスは男を睨んだ。
「誰なんだ。」
「俺たちは《灰鷹》。」
「魔物を狩る傭兵団だ。」
男は静かに答える。
「俺の名はガルド。」
「依頼を受けて来たが……間に合わなかった。」
ベスの胸に怒りが込み上げる。
「だったら、もっと早く来てよ!」
叫びは村中に響いた。
「父さんも母さんも死ななかった!」
「みんな死ななかった!」
ガルドは何も言い返さない。
ただ、拳を強く握った。
「……すまない。」
その一言だけだった。
言い訳もしない。
責任から逃げもしない。
その姿を見て、ベスは怒りをぶつける相手さえ失った。
その場に崩れ落ちる。
ガルドは少年の肩にそっと自分の外套を掛けた。
「今日は泣いていい。」
「立ち上がるのは、明日でいい。」
その言葉に、ベスは押し殺していた感情を抑えきれなくなった。
声にならない嗚咽があふれる。
ガルドたちは何も言わず、村人たちの亡骸を一人ずつ集め始めた。
敵を倒すことだけが戦いではない。
命を弔うこともまた、生きる者の務めだった。
夕暮れまでには、小さな墓地ができていた。
父と母の墓も、その中に並ぶ。
粗末な木の墓標だったが、ガルドは一本一本を丁寧に立てた。
「名前は?」
「……ベス。」
「そうか。」
ガルドは空を見上げる。
赤く染まる夕日が、墓地を照らしていた。
「ベス。」
「憎しみだけで剣を握るな。」
「そんな剣は、いつか自分自身を斬る。」
ベスは静かに墓を見つめる。
そして、小さく首を横に振った。
「それでもいい。」
「俺は……神を殺す。」
ガルドはその言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
だが、何も否定しなかった。
少年の心は、今は誰にも届かない。
届くはずがなかった。
この日。
一人の少年は家族を失った。
そして同時に未来の英雄ではなく、、、。
未来の『神殺し』が生まれたのだった。




