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バル  作者: 隣の猫
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374/411

ビヴィド



灰猫は、街の中を歩いていた。


隣にはノアがいる。


呼ばれても振り返らない。


ただ、ゆっくりと歩く。


この道を知っている。


長い時間。


何度も歩いた道だった。




石畳の通り。


昔から変わらない場所。


灰猫は、ここで多くの人を見てきた。


まだ小さかった子ども。


走り回りながら、灰猫を追いかけていた。


「いた!」


「またいる!」


小さな手が伸びる。


灰猫は少し離れる。


けれど。


本当に嫌なら、そこにはいなかった。




時が流れる。


その子どもは大人になる。


背が伸びる。


声が変わる。


やがて。


隣には小さな子どもの手を引いていた。


「ほら。」


「昔からこの街には、あの猫がいるんだ。」


灰猫は同じ場所にいた。


昔と変わらない姿で。




また時が流れる。


子どもだった者は年老いる。


その隣には、新しい世代がいる。


笑い声。


泣き声。


別れ。


出会い。


街には、何度も季節が巡った。


赤い葉が舞い。


雪が降り。


花が咲く。


その全てを。


灰猫は見ていた。




人は変わる。


家は変わる。


時代は変わる。


それでも。


この街には、いつも灰猫がいた。


誰かに知られることなく。


ただ。


そこにいた。




今。


灰猫の前にあるのは。


崩れた街。


焼けた石畳。


失われた景色。


灰猫は足を止める。


長い時間を生きた瞳で。


今と過去を重ねるように。


見つめていた。



灰猫は、ゆっくり歩き続ける。


昔と同じ道。


けれど。


目の前にある景色は違っていた。




広場。


かつて。


子どもたちの声が響いていた場所。


小さな足音が駆け回り。


転んでは笑い。


大人たちは遠くから見守っていた。


その子どもたちも。


いつしか大人になった。


守る側になった。


そして。


その隣には、また新しい子どもがいた。


灰猫は何度も見てきた。


繰り返される時間を。




今。


広場には誰もいない。


壊れた噴水。


崩れた石畳。


焼けた木々。


風が吹いても。


もう笑い声は聞こえない。


灰猫は、しばらく動かなかった。




次の場所へ向かう。


昔。


街の中心にあった場所。


季節になると、人々が集まった。


赤く染まった木々の下。


老人は昔話を語り。


子どもたちは走り回った。


恋をした者がいた。


家族を作った者がいた。


別れを迎えた者もいた。


灰猫は全部覚えていた。


名前も。


声も。


表情も。


人間にとっては短い時間。


でも。


灰猫にとっては、確かに積み重なった時間だった。




今。


そこには黒く焼けた木が残っている。


美しかった街並みは崩れている。


人々の暮らしは奪われている。


灰猫は空を見る。


長い間。


この場所を見てきた。


変わっていくもの。


失われるもの。


それでも残るもの。


全てを。




「猫さん。」


ノアの声。


灰猫は振り返らない。


ただ。


小さく耳を動かす。


ノアは隣へ歩いてくる。


「……。」


何を言えばいいのか分からなかった。


この猫が見ているものを。


ノアは知らない。


でも。


いつもの旅の時とは違うことだけは分かった。




少しの沈黙。


そして。


ノアが小さく呼ぶ。


「猫さん。」


灰猫はゆっくり振り返る。


長い時間を見てきた瞳。


その瞳に。


今、隣にいる小さな少女が映る。


「……にゃ。」


一度だけ。


小さく鳴いた。


ノアは少し笑う。


「うん。」


灰猫は前を向く。


そして。


また歩き出す。


焼けた街の中。


小さな足音が二つ。


ゆっくりと進んでいった。

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