ドン
中央島は静かに浮かんでいた。
雲の上。
海を見下ろすように。
その姿は美しくもあり。
同時に、不気味だった。
グリムファングはゆっくりと進む。
誰も口を開かなかった。
その時。
アイラが空を見上げる。
「……来る。」
風の流れが変わった。
中央島から。
何かが飛び立つ。
白い。
太陽の光を反射しているような姿。
だが。
アイラは眉をひそめる。
「……あれ。」
「風が……避けてる。」
白い存在は海面すれすれを飛んでいた。
羽ばたいているわけではない。
ただ。
空間そのものを滑るように。
近付いてくる。
ガルドが剣へ手を掛ける。
「全員、警戒。」
船員たちが動く。
ベスも左腕へ意識を集中させる。
フェンリルが反応する。
ドクン。
拒絶。
本能が告げる。
近付くな、と。
白い存在は。
グリムファングの前で止まった。
海面の上。
静かに浮かんでいる。
その姿を見て。
エインとボルグの表情が変わった。
「……あれだ。」
エインが呟く。
「中央島にいたもの。」
ボルグも拳を握る。
「やっぱり動き出したか。」
白い存在が口を開く。
声は低くも高くもない。
ただ。
感情がなかった。
「確認。」
「対象。」
白い視線がベスへ向く。
「フェンリルの継承者。」
空気が凍る。
ベスは一歩前へ出る。
「俺を知ってるのか。」
白い存在は答える。
「認識済み。」
「あなたは――」
その瞬間。
海が揺れた。
ゴゴゴゴゴ……。
全員が海を見る。
船の下。
何か巨大なものが動いている。
グリムファングが大きく揺れる。
「何だ……!」
レオンが叫ぶ。
海面が盛り上がる。
白い存在も初めて動きを止めた。
次の瞬間。
海が割れた。
巨大な顎。
海王種。
かつてベスたちが遠くから見た、海の巨大な生命。
その巨体が。
ただ一瞬。
白い存在へ向かって跳ね上がる。
白い光が揺れる。
「警告――」
言葉の途中。
巨大な牙が迫る。
そして。
白い存在は。
海王種の口の中へ消えた。
――一瞬、世界が止まった。
音が消えた。
風も、波も、叫びも。
ただ、そこにいた全員が理解できずに固まる。
「……は?」
誰かの声が、ようやく漏れた。
エインの目が見開かれる。
ボルグの拳が宙で止まる。
ガルドでさえ、剣を握ったまま動かない。
ベスは息を忘れていた。
今、何が起きた?
神の使いが。
言葉を終える前に。
喰われた?
理解が追いつかない。
次の瞬間。
海王種の巨体が海へ落ちる。
ドォォォォン!!
衝撃波。
海面が爆発する。
波がグリムファングを襲う。
「掴まれ!!」
ガルドの声が響く。
船が大きく傾く。
風が荒れる。
海が怒り狂ったようにうねる。
ベスは甲板へ爪を突き立てる。
「なんなんだ……。」
その声は、誰に向けたものでもなかった。
答えは返ってこない。
ただ、誰もが同じ表情をしていた。
理解できないものを見た顔。
恐怖でも、安堵でもない。
ただの“空白”。
神の力。
そして。
それすらもただの餌として見る存在。
この星には。
まだ自分たちの知らない強大なものがいる。
荒れ狂う海の向こう。
雲が晴れる。
その先に。
巨大な大地が見えた。
西の大陸。
グリムファングは。
新たな場所へ流されていく。




