セット
夕方。
灰鷹は、
港へ辿り着いた。
赤く染まる空。
静かな海。
波がゆっくりと桟橋を叩いている。
そこに。
人の姿はなかった。
船を呼ぶ声。
荷を運ぶ音。
港を行き交う足音。
かつてあったはずのものが、
すべて消えている。
残っているのは、
古びた建物と、
長い時間を耐えた桟橋だけだった。
「……。」
誰も言葉を出さない。
この大陸には、
もう人間はいない。
それは分かっていた。
それでも。
誰もいない港を見ると、
失われたものの大きさを感じる。
ベスは、
静かに海を見る。
ここから始まった。
この大陸へ来た時。
港へ向かおうとして、
魔物に襲われた。
船を失い。
歩いて。
そして。
ノアと出会った。
「……。」
その時。
ノアが足を止めた。
ベスは横を見る。
「ノア?」
ノアは、
港の先を見ていた。
懐かしむような顔。
「ここ……。」
小さく呟く。
「来たことがある。」
「昔。」
「お父さんと、お母さんと。」
ノアは、
夕日に染まる海を見る。
「船を見に来た。」
「大きかった。」
「海が、すごく広かった。」
幼い頃の記憶。
小さな手を引かれて歩いた場所。
聞こえた声。
見上げた景色。
もう戻らない時間。
でも。
消えてはいなかった。
「覚えてたんだね。」
リシアが優しく言う。
ノアは頷く。
「うん。」
「全部じゃないけど。」
「少しだけ。」
灰猫が、
静かに目を細める。
「それで十分じゃ。」
ノアは少し笑う。
夜。
灰鷹は港で野営をしていた。
小さな火を囲む。
波の音だけが、
静かに響いている。
その中で。
ノアが口を開いた。
「ベス。」
「団長さん。」
二人を見る。
「お願いがあるの。」
ベスが顔を上げる。
「どうした?」
ノアは少しだけ迷う。
そして。
「船へ行く前に。」
「村へ寄ってもいい?」
短い言葉。
でも。
その意味を、
二人は分かっていた。
ベスは頷く。
「ああ。」
「行こう。」
ガルドも静かに頷く。
「途中で寄る。」
「それでいい。」
ノアの表情が少し柔らかくなる。
「ありがとう。」
しばらくして。
ガルドが周囲を見る。
「船は動かない。」
「まずは準備が必要だ。」
灰鷹の団員たちへ視線を向ける。
「港に残されたものを探す。」
「修理に使える道具、資材を集める。」
そして。
「船へ向かう組を決める。」
「ベス。」
「ノア。」
「灰猫。」
「アイラ。」
ガルドが言う。
「お前たちは船へ向かえ。」
「村にも寄る。」
四人が頷く。
続いて。
「残りは俺と一緒だ。」
「レオン。」
「リシア。」
「団員たちと、ここで修理の準備をする。」
レオンが少し驚く。
「俺も残るのか?」
ガルドは即答する。
「ああ。」
「力仕事は必要だ。」
「……なるほど。」
レオンは納得したように頷く。
リシアが小さく笑う。
「向いてると思うよ。」
「褒めてる?」
「半分ね。」
「半分かよ。」
いつものやり取りに、
少しだけ空気が緩む。
灰鷹は、
それぞれの役割へ向かう。
明日。
片方は、
帰る場所へ。
もう片方は、
帰るための翼を直すために。
静かな港の夜が、
ゆっくりと過ぎていった。




