ドゥー
枝が揺れた。
次の瞬間、幹部の姿が消える。
視界からではない。
気配ごと、森の中へ溶けた。
木々の間を縫うように、空気が裂ける。
バキッ、と枝が軋む音。
幹を蹴る乾いた破裂音。
そのたびに、森全体が小さく震えた。
ベスは剣を構えたまま、目だけを動かす。
――来る。
黒い拳が、上から落ちる。
ガギィィィン!!
金属が悲鳴を上げるような衝突音。
衝撃が空気を押し潰し、ベスの足元の土が円形に弾け飛ぶ。
風圧が遅れて叩きつけられ、周囲の葉が一斉に吹き飛んだ。
ベスはそのまま身体を流す。
踏ん張らない。
受け止めない。
衝撃を横へ逃がす。
地面に靴が擦れ、火花のように土が跳ねた。
幹部は着地しない。
そのまま木の幹へ片手を叩きつける。
ドンッ!!
鈍い破裂音と同時に、幹が大きくしなる。
次の瞬間、身体が横へ“引きちぎられるように”回転した。
蹴り。
空気が裂ける音が一拍遅れて追いかけてくる。
真横からの一撃。
ベスは左腕を振る。
銀色の前脚――フェンリル。
ガギィィィィン!!
衝突。
金属と獣の爪がぶつかったような音が森に響き渡る。
衝撃波が円状に広がり、周囲の木々が一斉に悲鳴を上げた。
バキバキバキッ!!
枝が折れ、葉が一気に舞い上がる。
視界が緑と黒で塗り潰される。
その隙間。
幹部の姿が“影ごと”消えた。
「……!」
ベスの視線が跳ねる。
気配だけが動く。
上。
違う。
右。
違う。
音が遅れて追いつく。
枝が軋む音。
空気が裂ける音。
そして――
真下。
ドンッ!!
地面が爆ぜた。
伏せるように潜り込んできた拳が、土を抉りながらベスの腹を狙う。
ベスは剣を立てる。
ガギィィィィン!!
火花が散る。
金属音が腹の奥まで響き、内臓を揺らすような衝撃が走る。
ベスの身体が後方へ滑る。
靴底が地面を削り、土と石が弾け飛ぶ。
幹部は止まらない。
跳ぶ。
枝へ。
ドンッ!!
幹を蹴る。
バキッ!!
木が悲鳴を上げる。
軌道が折れる。
空中で“角度”が変わる。
獣よりも自由だった。
ベスは剣を構えたまま、その動きだけを追う。
速さではない。
癖だ。
踏み込む前。
必ずどこかに“支点”を作る。
木。
枝。
根。
一瞬だけ生まれる、力の逃げ道。
ベスは踏み込む。
幹部も動く。
木へ手を伸ばす。
その瞬間。
ベスの剣が走った。
ズァッ!!
乾いた音と共に、樹皮が爆ぜる。
木片が弾丸のように飛び散り、空気を叩く。
支点が消えた。
幹部の身体が、ほんの僅かに“流れる”。
初めて。
軌道が乱れた。
ベスは逃さない。
一歩。
地面が爆ぜるように踏み込む。
銀色の前脚が閃く。
幹部は黒い霧を腕へ集める。
真正面。
受ける。
轟音。
――ドォン!!
衝撃が森全体へ広がった。
地面が波打つように沈み、周囲の木々が一斉にしなった。
バキバキバキッ!!
枝が折れ、葉が嵐のように舞う。
音が遅れて森を満たす。
互いに弾かれる。
距離が開く。
静寂。
風だけが残る。
幹部は自分の腕を見る。
何も言わない。
だが黒い霧が、ほんの一瞬だけ“薄く揺れた”。
その揺らぎは風に溶けるように消え、
再び森は、何事もなかったように静まり返った。




