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バル  作者: 隣の猫
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353/398

アン



黒い霧が揺れる。


大樹の神殿前。


木々は密に立ち並び、視界を細かく分断していた。

枝葉の隙間から落ちる光が、黒い霧の中で途切れ途切れに砕ける。


その中心で、ベスは剣を構えていた。


正面。


約十歩先。


虚無の使徒幹部。


武器はない。

ただ黒い霧を纏った両手だけを、だらりと下ろしている。


次の瞬間。


幹部の姿が“消えた”。


ベスの視線が即座に右へ跳ぶ。


そこにはいない。


気配が一瞬遅れて背後へ流れる。


ベスは振り向きながら剣を横に払う。


ガギィィン!!


金属音。


背後から伸びた黒い拳を、剣が真正面で受け止めていた。


衝撃が腕を通り、肩へ抜ける。


重い。


だが押し切られない。


ベスはそのまま剣を押し返す。


幹部の身体がわずかに後ろへ滑る。


──その瞬間。


幹部の姿が“ずれた”。


後退ではない。


横。


左側の木の幹。


幹部はそこに手を伸ばし、指を深く食い込ませる。


木を支点に、身体を強引に引き寄せる。


軌道が折れる。


直線ではない。


円でもない。


木を中心にした“折れ曲がる動き”。


そのまま空中で身体が回転し、蹴りが放たれる。


ベスは一歩引きながら上体を反らす。


風圧が頬を裂くように通過する。


背後の木の幹が、衝撃だけで軋んだ。


幹部はそのまま枝へ着地する。


音はほとんどない。


重さを感じさせない着地。


次の瞬間には、別の枝へ跳んでいる。


上。


右。


左。


木々の間を“地面のように”使って移動している。


ベスは目を細める。


速いのではない。


位置が固定されない。


読んだ瞬間に“そこにいない”。


幹部が枝を蹴る。


身体が斜めに落ちる。


その落下の途中で、黒い拳が振り下ろされる。


ベスは剣で受ける。


ガギィィン!!


今度は上からの圧。


地面が沈む。


同時に、左腕が反応する。


銀色の獣爪。


フェンリルの前脚が顕現し、横からの衝撃を受け止める。


ガギィィン!!


二重の衝撃。


地面に亀裂が走る。


だが幹部は止まらない。


着地と同時に、黒い霧が地面へ広がる。


霧は“影”ではなく“層”のように重なり、木の根元や幹の裏へ入り込む。


次の瞬間。


地面の影から刃が生まれる。


木の裏から拳が伸びる。


枝の上から蹴りが落ちる。


上下左右が同時に崩れる。


ベスは一歩踏み込む。


剣で正面の刃を弾く。


一つ。


二つ。


三つ。


同時に左腕で横の拳を受ける。


フェンリルの爪が地面を抉り、衝撃を殺す。


背後へ回り込んだ影は、身体を捻って回避。


だが完全には避けきれない。


肩を黒い衝撃が掠める。


浅い。


しかし確実に“当ててくる”。


幹部は距離を取らない。


むしろ木を掴み、さらに上へ登る。


枝を蹴る。


空中で方向を変える。


落下と跳躍が連続する。


地面を使わない戦い。


森そのものが“足場”になっている。


ベスは追うように踏み込む。


剣を振り上げる。


幹部は枝から枝へ跳び、軌道をずらす。


刃は外套をかすめるだけで止まる。


あと一歩。


だがその“一歩”が常に消える。


再び距離が開く。


黒い霧の中。


ベスは剣を構え直す。


幹部は枝の上で静止している。


呼吸は乱れていない。


傷は浅い。


森の中。


影と銀。



















位置は固定されないまま、次の瞬間の衝突だけが静かに積み上がっていく。

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