アルゲニブ
北部砦の戦いから一週間。
中央島では、魔物の動きが不自然なほど静かになっていた。
王国騎士団は、その静けさを警戒している。
「嵐の前ほど、森は静かになる。」
ガルドの言葉に、灰鷹の団員たちは黙って頷いた。
平穏な時間ほど、
戦士は警戒を忘れてはいけない。
その日の任務は、
北東の渓谷にある補給路の安全確認。
大規模な戦闘になる可能性は低い。
しかし。
戦場では、小さな判断が仲間の命を左右する。
出発前。
ガルドは地図を広げた。
「今回の指揮はベスに任せる。」
一瞬。
空気が止まる。
ベス自身も目を見開いた。
「……俺が?」
ガルドは静かに頷く。
「戦うだけなら、剣士でいい。」
「だが。」
「仲間を動かす者には、別の強さが必要だ。」
ベスは黙って地図を見る。
今までは。
ガルドが判断していた。
危険を見抜き。
仲間を動かし。
最後に勝利へ導いていた。
今回は違う。
自分が決める。
同行するのは、
レオン。
アイラ。
リシア。
エイン。
ボルグ。
灰鷹の中でも経験の長い者たちだった。
「お前が指揮とはな。」
ボルグが豪快に笑う。
「少し前まで、突っ込むことしか考えてなかった奴が。」
「……否定できない。」
ベスは苦笑する。
エインも静かに頷いた。
「だから見る価値がある。」
「どう成長したのか。」
その言葉に、ベスは小さく息を吐いた。
渓谷へ入る。
岩壁に囲まれた細い道。
視界は悪い。
エインが周囲を確認する。
「魔物の気配は薄い。」
「でも……。」
少し間を置く。
「静かすぎる。」
ベスも違和感を覚えていた。
鳥の声。
風の音。
何もない。
それでも。
地面には魔物の足跡が残っている。
「進む。」
ベスは決断する。
「ただし、隊列を変える。」
「レオン、ボルグ。」
「前を頼む。」
「任せろ。」
「分かった。」
「アイラ、エイン。」
「後方警戒。」
二人が頷く。
「リシアは中央。」
「負傷者が出たら頼む。」
「はい。」
誰も疑問を口にしない。
その瞬間だった。
岩陰から魔物が飛び出す。
狼型。
複数。
さらに。
上空から飛行型が急降下する。
「来る!」
ベスの声が響く。
ボルグが前へ出る。
巨大な盾が魔物の爪を受け止めた。
「ここは任せろ!」
その横をレオンが駆け抜ける。
大剣が魔物を弾き飛ばす。
アイラの矢が飛ぶ。
正確な一撃が敵の動きを止める。
エインも続けて射る。
だが。
魔物の数は多い。
少しずつ囲まれ始める。
ボルグが叫ぶ。
「ベス!」
「このままだと押し切られるぞ!」
ベスは周囲を見る。
敵。
味方。
地形。
全てを見る。
以前なら。
目の前の敵だけを見ていた。
今は違う。
「左の岩場へ移動する!」
レオンが振り返る。
「狭い場所か。」
「そうだ。」
「敵の数を利用できなくする。」
エインが頷く。
「なるほど。」
「戦場を変えるのか。」
ベスは頷いた。
灰鷹は動く。
ボルグが盾で道を作る。
レオンが前を切り開く。
アイラとエインが後方を支える。
リシアは負傷者を確認しながら進む。
ベスは最後尾で全体を見る。
倒すためではない。
守るため。
岩場へ到達した瞬間。
「今だ!」
ベスの声が響く。
レオンが踏み込む。
エインの矢が逃げ道を塞ぐ。
アイラの矢が飛行型を落とす。
ボルグの盾が魔物の動きを止める。
その隙へ。
ベスが踏み込む。
獣爪で体勢を崩す。
剣が走る。
最後の魔物が倒れた。
任務は成功した。
補給路にも異常はない。
負傷者も軽傷のみだった。
帰路。
ベスは静かに考えていた。
自分が倒した敵は少ない。
だが。
全員で勝つことができた。
夜。
ベスは一人、渓谷を見つめていた。
「難しかったです。」
背後からガルドが歩いてくる。
「何がだ。」
「戦うことより。」
「決めることが。」
ガルドは静かに頷いた。
「当然だ。」
「指揮官は、自分の剣だけで戦う者ではない。」
「仲間の命を預かる者だ。」
ベスは拳を握る。
「俺にできますか。」
ガルドは少しだけ笑った。
「できるかどうかではない。」
「やるんだ。」
その言葉は、
師から弟子への願いだった。
翌朝。
灰鷹は中央島へ戻る。
ボルグはいつものように豪快に笑い、
アイラは静かに周囲を確認している。
レオンはベスの肩を叩いた。
「悪くなかったぞ。」
エインも頷く。
「前より周りを見ていた。」
リシアは微笑む。
「少しずつ、ガルドさんに似てきましたね。」
ベスは照れくさそうに笑った。
その頃。
中央島の地下深く。
黒い石碑の亀裂から、
淡い蒼い光が漏れ始めていた。
老人は静かに目を閉じる。
「……封印が、目覚めを始めた。」
王が低く尋ねる。
「間に合うか。」
老人はすぐには答えなかった。
やがて。
静かに口を開く。
「間に合わせるしかありません。」
「彼らの時代のために。」
誰も知らない場所で。
世界を揺るがす変化は、
静かに始まっていた。




