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バル  作者: 隣の猫
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339/397

アノマリー



大樹の神殿へ続く森。


灰鷹は、


ゆっくりとその中を進んでいた。


以前この森を通った時は、


植物が襲い、


道は姿を変え、


進む者を迷わせた。


だが。


今回は違った。


「……。」


ベスは周囲を見る。


風が通る。


木々が揺れる。


鳥の声が聞こえる。


一見すれば、


ただの森だった。


あまりにも普通だった。


だがその“普通さ”が、


逆に異常だった。


葉の擦れる音はあるのに、


その奥にあるはずの“気配”だけがない。


森が生きているのに、


何かだけが抜け落ちている。




「来ないな。」


レオンが呟く。


隣を歩くアイラも、


周囲へ意識を向けている。


「うん。」


「何もいない。」


以前なら、


どこから襲われるか分からない場所。


だが今は、


魔物の気配すら薄い。


アイラは風を読む。


「……変。」


「何が?」


リシアが聞く。


「静かすぎる。」


風はある。


木々も揺れている。


でも、


森の中にあるはずの“流れ”がない。


風が枝を抜ける音が、


途中で途切れている。


まるで、


森そのものが息を止めているようだった。




ノアはリシアの近くを歩いている。


その横を、


猫がゆっくり歩く。


時々立ち止まり、


周囲を見る。


そして少し疲れたように鳴くと、


次の瞬間。


ガルドの頭の上へ飛び乗った。


「……。」


ガルドは何も言わない。


ただ、少しだけ首を傾ける。


猫は当然のように丸くなる。


レオンが小さく笑う。


「相変わらずだな。」


「……好きにさせているだけだ。」


ガルドはそう言うが、


振り落とす気はない。


そのやり取りだけが、


この森の中で唯一“人の温度”を持っていた。




しばらく進む。


以前なら、


ここまで来るだけでも時間がかかった。


だが今は違う。


襲ってくる植物は、


ベスが剣を振るう前に“動く前に枯れる”。


まるで、


何かに力を吸われているように。


道を惑わせようとする根も、


アイラが風の流れを読むと同時に、


その“歪み”ごと消えていく。


迷うことなく、


前へ進める。


誰も口にはしない。


だが、


全員が感じていた。


自分たちは変わった。


そしてこの森も、


“変わってしまっている”。




そして。


森の奥。


木々の隙間から、


巨大な影が見えた。


大樹の神殿。


到着は近い。


その瞬間。


ベスの足が止まる。


「……。」


ガルドも同時に止まった。


「感じたか。」


「ああ。」


空気が変わった。


ここまで何もなかった。


襲撃もない。


罠もない。


あまりにも順調だった。


だからこそ。


不気味だった。




大樹の神殿へ近づくほど、


“音”が一つずつ消えていく。


鳥の声。


風の音。


森のざわめき。


それらは消えたのではない。


吸い込まれている。


神殿の方へ近づくほど、


世界の音が“そこへ落ちていく”。


そして。


視界の端で、


空気が歪んだ。


黒い。


最初は煙のようだった。


だが違う。


煙ではない。


霧だ。


ただし、


光を反射しない霧。


影よりも暗い“黒”。


それが、


神殿の根元から滲み出ていた。


地面を這うように広がり、


草を飲み込み、


木の幹に触れた瞬間、


その色ごと“消していく”。


音がない。


風もない。


ただ、


黒だけが増えていく。




リシアが小さく息を呑む。


「……なに、これ。」


アイラの指が弓に触れる。


だが引かない。


引けない。


風が“そこだけ存在していない”。


ノアはリシアの袖を軽く掴む。


猫がガルドの頭の上で、


一度だけ目を細めた。




そして。


神殿の奥。


黒い霧が、


ゆっくりと“立ち上がった”。


まるで意思を持つように。


空へ伸び、


形を作り、


そして崩れる。


そのたびに、


空間が軋むような錯覚が走る。


音はない。


だが確かに、


“何かが壊れる音”だけが伝わってくる。




ベスは剣へ手を添える。


「……待っていたってことか。」


返事はない。


ただ、


黒い霧が一度だけ大きく揺れた。


まるで、


笑ったように。


灰鷹は立ち止まる。


その先に。


何者かがいる。


大樹の神殿。


そこだけが、


世界から切り取られたように、





















静かに、黒く、沈んでいた。

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