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バル  作者: 隣の猫
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337/429

シーア



灰鷹の一行は、オアシスを後にしていた。


背後には緑の残る泉が、陽炎の向こうに揺れている。


その場所で得た光の欠片を胸に、ベスたちは再び砂の大地へ足を踏み入れた。


一歩踏み出すたび、靴底が砂に沈む。


乾いた粒が崩れる音が、耳の奥で小さく響く。


空気は熱を含み、肺に入るだけで喉の奥が焼けるようだった。


風は吹いている。


だがそれは涼しさではなく、熱を運ぶ風だった。


頬を撫でるたび、細かな砂粒が肌に擦れ、わずかな痛みを残す。


先頭を歩くガルドは、時折周囲へ視線を向けていた。


砂漠は静かだった。


音がないのではない。


すべての音が、砂に吸い込まれているような静けさだった。


しかし、その静けさこそが危険だと知っている。


「以前とは違うな」


レオンが呟く。


「何がだ?」


ガルドが振り返る。


レオンは足元の砂を見た。


踏みしめるたびに、熱を帯びた粒が指の間からこぼれ落ちる。


「この場所を歩く時の空気だ」


「前は、いつ魔物が来るか分からない不安があった」


「今は……」


一度言葉を止める。


遠くで風が砂を削る音だけが響く。


「来るなら来い、って感じがする」


ベスは何も言わず前を見る。


視界の先は揺らいでいた。


熱で歪む空気が、遠くの地平線を溶かしている。


以前なら、砂漠を越えるだけでも神経を張り詰めていた。


一歩間違えれば、砂の中に飲まれる場所だった。


だが今は違う。


仲間がいる。


そして、自分自身もあの時とは違う。


左腕の奥。


フェンリルの気配が、微かに脈打つ。


砂漠の熱とは別の、冷たい鼓動。


まだ届かない力。


それでも確かに、近付いている。


「油断するな」


ガルドの声が風を切るように響く。


「強くなったことと、危険が消えたことは別だ」


「ああ」


ベスは短く返す。


その瞬間だった。


砂の向こう。


地面がわずかに盛り上がる。


次の瞬間、砂が爆ぜた。


熱を含んだ砂粒が空へ舞い上がり、視界を一瞬奪う。


その中から現れたのは、巨大な砂蠍だった。


甲殻は太陽光を鈍く反射し、乾いた金属のように光る。


尾が空気を裂くたび、低い風切り音が響いた。


以前なら、全員が足を止めていた相手。


砂の中を泳ぐように移動し、獲物を一瞬で引きずり込む魔物。


だが――


「右」


アイラが静かに言った。


その声と同時に、風が変わる。


熱風の流れの中に、わずかな“歪み”が生まれる。


砂の下を動く気配が、線のように浮かび上がる。


見えないはずの位置が、全員の感覚に共有される。


次の瞬間。


ガルドが踏み込んだ。


砂が爆ぜる音。


一歩ごとに熱い粒が跳ね上がり、足元で小さな砂嵐が生まれる。


一閃。


金属がぶつかるような乾いた音が響き、砂蠍の尾が弾かれた。


続けてレオンが踏み込む。


砂の上を滑るように進み、甲殻の隙間へ剣を叩き込む。


硬い感触と共に、鈍い衝撃音が腕に返る。


砂蠍の動きが一瞬止まる。


その“間”を逃さない。


最後に。


ベスが前へ出た。


熱風が頬を叩く。


砂が視界を横切る。


だが、そのすべての中で、動きだけが鮮明に見えていた。


以前なら力任せに斬っていた。


だが今は違う。


呼吸の間。


砂の流れ。


甲殻のわずかな揺れ。


すべてを一瞬で読み取り、最小の軌道を選ぶ。


一閃。


砂蠍の巨体が、音を立てて崩れ落ちた。


砂が遅れて舞い上がり、熱い風に溶けていく。


静寂。


風だけが、再び砂を撫でていた。


「……終わりか」


レオンが剣を下ろす。


ベスは倒れた魔物を見下ろす。


熱を失った甲殻は、ただの殻に戻っていた。


恐怖はなかった。


憎しみもなかった。


ただ、越えてきた道の一つとしてそこにあった。


「行こう」


ベスが歩き出す。


砂はまだ熱い。


風はまだ重い。


それでも、一歩ずつ進むたびに、確かに前へ進んでいる感覚があった。


砂漠の先。


揺らぐ地平線の向こうには、荒野が広がっている。


そしてその先に。


大樹の神殿。


虚無の気配が待つ場所へ。




























灰鷹は、砂の海を越え続ける。

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