クワイエ
夜のオアシス。
焚き火の火が静かに揺れていた。
食事を終えた灰鷹の面々は、火を囲むように座っている。
穏やかな夜だった。
風の遺跡で起きたこと。
残された光。
新たに得た力。
すべてを終えたからこそ、ようやく落ち着いて話せる時間だった。
父鷹が静かに口を開く。
「継承者よ。」
「風の遺跡では、何を得たのですか。」
ベスは左腕へ視線を落とす。
ガントレットに刻まれた新たな紋様。
焚き火の光を受け、蒼白い輝きが静かに揺れていた。
「残された光だ。」
短い返答。
「この左腕へ宿った。」
そして。
ベスは遺跡で見たものを話し始める。
光へ触れた瞬間。
広がった草原。
そこで再び出会ったフェンリル。
以前よりも、ほんの少しだけ存在が鮮明になっていたこと。
そして。
『光を得たか。』
『……少し、近付いた。』
その言葉だけを残し、姿を消したこと。
話が終わる。
誰もすぐには口を開かなかった。
焚き火の音だけが響く。
父鷹も。
母鷹も。
何も言わない。
ただ静かに、ベスを見つめていた。
守護獣は答えを与えない。
ただ、その歩む先を見守る。
その沈黙を破ったのは、レオンだった。
「つまり。」
「もっと光を集める必要があるってことだな。」
ベスは頷く。
「ああ。」
ガルドが焚き火へ視線を落とす。
「あの盟主。」
「今の俺達では届かない。」
地下神殿で感じた力。
あの圧倒的な差は、誰も忘れてはいなかった。
ベスは左腕を握る。
まだ小さな変化。
だが、確かな前進だった。
「光を集める。」
静かな声。
「フェンリルを解放する。」
その言葉に、誰も反対しなかった。
しばらく。
焚き火だけが燃えていた。
やがて。
父鷹が静かに顔を上げる。
「……一つ。」
「伝えておくことがあります。」
全員の視線が集まる。
その瞬間だった。
焚き火の火が、わずかに揺らいだ。
風はない。
それなのに、炎だけが一瞬だけ“内側へ引き込まれるように”歪む。
空気が、変わる。
父鷹の瞳が細くなる。
「あなた方が風の遺跡へ向かっている間。」
「私達は周囲を見回っていました。」
ガルドが低く問う。
「何か見つけたのか。」
父鷹は一拍置いた。
その沈黙が、逆に異常さを際立たせる。
「虚無の気配です。」
その言葉と同時に。
焚き火の音が、ほんの一瞬だけ“遠のいた”ように感じられた。
レオンの表情が引き締まる。
「場所は。」
父鷹は迷わず答える。
「大樹の神殿。」
その名が出た瞬間。
空気がさらに重く沈む。
まるで、そこだけ夜の深さが違うかのように。
ガルドが小さく息を吐く。
「……帰り道だな。」
だが、その声にはいつもの軽さがない。
ただの確認ではなく、警戒だった。
父鷹はそれ以上語らない。
数も。
正体も。
ただ一つだけ確かな事実として置いていく。
“そこにある”ということだけ。
ベスは焚き火を見る。
炎の揺れが、どこか不安定に見えた。
「盟主の命令で、虚無の使徒は世界へ散った。」
「そこにいる。」
誰も否定しなかった。
むしろ、否定できる空気ではなかった。
ガルドが静かに立ち上がる。
「次の目的地は決まった。」
「大樹の神殿へ向かう。」
風が吹く。
今度は確かに、風だった。
だがその風は、どこか冷たく、重い。
焚き火の炎が一瞬だけ大きく揺れ、すぐに元へ戻る。
オアシスで過ごす最後の夜。
それは終わりではなく。
“何かがすでにそこにいる”と告げる夜だった。
次の戦いは、もう始まっている。




