ロード
静寂。
その時間は、長くは続かなかった。
ゴゴ……。
小さな揺れが、足元から伝わる。
「……?」
アイラが顔を上げる。
天井から砂が落ちる。
一本。
また一本。
亀裂が、ゆっくりと広がっていく。
ゴゴゴゴゴ……!!
遺跡全体が大きく揺れた。
「ベス!」
「ああ。」
二人は同時に理解する。
残された光は、この遺跡そのものが守っていた。
その役目は、今終わったのだ。
「走るよ!」
アイラが先頭へ飛び出す。
風読み。
世界から色が消え、風だけが浮かび上がる。
崩れ落ちる岩。
舞い上がる砂。
刻一刻と変わる風の流れ。
「こっち!」
ベスは迷わず後を追う。
一本道だった通路は、次々と崩れていく。
背後から轟音が迫る。
「急げ!」
その時だった。
ドォンッ!!
巨大な岩盤が通路を塞ぐ。
出口は、完全に閉ざされた。
ベスは剣へ手を掛ける。
「斬る。」
「待って。」
アイラが静かに前へ出た。
新しい弓を握る。
深く息を吸う。
その瞬間。
アイラの背後で、小さな風が渦を巻いた。
最初は穏やかだった風が、少しずつ大きくなる。
砂が舞う。
衣が揺れる。
渦は弓へ吸い寄せられるように集まり。
一本の風となって弦へ宿る。
ベスは思わず目を見開いた。
「それは……。」
「試してみる。」
アイラは静かに弓を引く。
風が唸る。
「――っ!」
放たれた。
轟ッ!!
圧縮された風が一直線に駆け抜ける。
次の瞬間。
轟音と共に岩盤が砕け散った。
砕けた岩が左右へ吹き飛び、出口まで一直線の道が開く。
「行こう!」
「ああ!」
二人は一気に駆け抜ける。
その背後で。
遺跡全体が崩れ始めた。
柱が倒れる。
壁が砕ける。
積み重ねられてきた長い年月が、一瞬で砂へ還っていく。
眩しい光が差し込む。
二人は転がるように外へ飛び出した。
直後。
ドォォォォォン!!
巨大な音が大地を震わせる。
風の遺跡は、砂煙の中へ静かに沈んでいった。
しばらく誰も口を開かない。
砂煙がゆっくりと晴れていく。
崩れた遺跡を見つめながら、ベスはゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に残っていた緊張が、ようやくほどけていく。
「……生きてるな。」
ぽつりと漏れた声は、どこか実感の薄い安堵だった。
アイラも同じように肩の力を抜く。
さっきまで張り詰めていた風の感覚が、少しずつ遠のいていく。
「うん……生きてる。」
短い言葉なのに、妙に重みがあった。
崩れた遺跡を見つめる視線の奥に、達成感と、ほんの少しの名残惜しさが混じる。
あの場所で得たものは、確かにあった。
「……やりすぎだ。」
ベスが静かに言う。
その声には、責める色はもうほとんどない。
ただ、呆れと安心が混ざっていた。
アイラはむっと頬を膨らませる。
「仕方ないじゃない。」
「まだ加減なんて分からないわよ!」
「遺跡まで壊すな。」
「壊そうと思ったわけじゃないもん!」
「結果は同じだ。」
「もう!」
言い合いながらも、その声はどこか軽い。
さっきまでの死と隣り合わせの緊張が嘘のように、空気が少しずつ日常へ戻っていく。
ベスは小さく息を吐き、視線を空へ向けた。
「……まあ。」
「助かった。」
その一言には、素直な感謝があった。
アイラは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから小さく笑う。
「でしょ。」
その笑みは、少しだけ誇らしげで、少しだけ照れくさかった。
二人は並んで歩き出す。
崩れた遺跡に背を向けて。
砂の上に残る足跡は、すぐに風に消えていく。
それでも確かに、そこには“越えたもの”があった。
待っている仲間のもとへ。
オアシスへ向かって。




