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バル  作者: 隣の猫
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332/404

フェルライ



開かれた道の先。


そこには、小さな空間が広がっていた。


祭壇も。


装飾もない。


ただ中央に。


一つの光だけが、静かに浮かんでいる。


それは“光”というよりも。


この場所に残された、ひとつの記憶のようだった。


淡く。


優しく。


触れれば消えてしまいそうなのに、確かにそこに在る。


まるで、長い時間をかけて誰かを待ち続けてきた意思そのもの。


「これが……。」


アイラは小さく息を呑む。


「残された光。」


ベスはゆっくりと歩み寄る。


不思議と、警戒はなかった。


敵意も。


威圧も。


何もない。


ただ胸の奥にだけ、理由のない懐かしさが静かに広がっていく。


それは“知っている”という感覚ではない。


それでも確かに、“忘れてはいけない何か”に触れている感覚だった。


ベスは静かに手を伸ばす。


指先が光へ触れた、その瞬間。


世界の輪郭がほどけた。


眩い光が視界を満たし、音が消える。


風も、気配も、時間さえも遠のいていく。


ただ一つだけ。


“呼ばれている”という感覚だけが、確かに残っていた。


――。


次に目を開けると。


そこは、見慣れた草原だった。


青く澄んだ空。


どこまでも続く風。


揺れる草花は、まるで呼吸しているかのように静かに波打っている。


現実と夢の境界が曖昧な、どこか神話の中の風景。


そして。


少し離れた場所に、それは立っていた。


「……フェンリル。」


ベスは小さく呟く。


巨大な狼。


だがその存在は、もはや“獣”という言葉では収まらない。


そこにいるのは、形を持った“概念”のようでもあり。


世界そのものが一時だけ姿を借りているようでもあった。


フェンリルは静かにこちらを見つめている。


以前と同じ姿。


……いや。


違う。


前に会った時は、輪郭すら風に溶け、ただ“気配”としてそこに在った。


だが今は。


その輪郭が、ほんの僅かに世界へ刻まれている。


存在が、少しだけ“現実側”へ寄っている。


それだけの変化。


それでも。


それは確かに、意味を持つ変化だった。


フェンリルが一歩、踏み出す。


その足音は草原に落ちるのではなく、空間そのものに響いた。


『光を得たか。』


低く、静かな声。


問いではない。


確認でもない。


ただ、流れの中にある事実を言葉にしただけの響き。


ベスは頷く。


「ああ。」


フェンリルは左腕へ視線を落とす。


そこに刻まれ始めた“何か”を、確かめるように。


『……まだ遠い。だが、確かに近付いている。』


その言葉だけを残し。


フェンリルはゆっくりと目を閉じた。


風が吹く。


銀色の毛並みが揺れ、その輪郭が再び世界へ溶けていく。


消えるのではない。


“戻っていく”という方が近い。


この場所から、またどこかへ。


次の光へ向かうように。


景色が白くほどけていく。


「……!」


ベスはゆっくりと目を開く。


そこは遺跡の最奥だった。


静寂だけが戻っている。


「ベス!」


アイラの声が現実へ引き戻す。


「大丈夫?」


「ああ。」


ベスは左腕へ視線を落とした。


ガントレットが、かすかに脈打つように光っている。


蒼白い紋様。


その隣へ。


新たな紋様が一つ、静かに刻まれていた。


光はもうない。


まるで最初からそこに“在るべきだったもの”だけを残して。


何もなかったかのように消えている。


ベスは静かに拳を握った。


左腕から伝わる力は、ほんの僅か。


だが確かに、深くなっている。


そして何より。


フェンリルは、確実にこちらへ近付いている。


その事実だけが。























静かに、胸の奥へ沈んでいった。

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