マルカブ
北部砦での戦いから数日。
中央島には、束の間の静けさが戻っていた。
しかし。
その静けさの裏では、新たな戦士たちが次々と島へ集められていた。
魔物との戦いを経験した者。
初めて剣を握る者。
まだ戦場の恐怖すら知らない者。
中央島では、未来を担う戦士たちの育成も行われていた。
そして。
灰鷹にも一つの任務が下る。
「新人の実地訓練だ。」
ガルドが地図を広げる。
「危険度の低い魔物討伐。」
「同時に、戦場での判断を学ばせる。」
ベスは黙って聞いていた。
すると。
ガルドが視線を向ける。
「ベス。」
「今回はお前が前に立て。」
その言葉に、少しだけ驚く。
「俺が……ですか。」
ガルドは頷いた。
「俺たちは後ろから見る。」
「必要なら助ける。」
「だが。」
「最初に判断するのは、お前だ。」
胸の奥が少しざわつく。
今までは。
ガルドが決めていた。
レオンが支えてくれた。
自分はただ前へ進めばよかった。
しかし今回は違う。
自分が誰かを導く側になる。
翌朝。
数人の新人戦士たちと共に、森へ向かう。
全員、緊張した表情をしていた。
ベスはその姿を見て、少しだけ笑う。
自分も最初は同じだった。
何も分からず。
ただ必死だった。
「そんなに固くならなくていい。」
「最初は誰でも怖い。」
その言葉で、新人たちの表情が少しだけ和らぐ。
森へ入る。
今回の目的は、狼型魔物の討伐。
数も少ない。
本来なら難しい任務ではない。
しかし。
経験の浅い者にとっては十分危険だった。
しばらく進んだ時。
草むらが揺れる。
「来る。」
ベスが低く声を掛ける。
狼型魔物が飛び出した。
新人の一人が反射的に武器を構える。
「受けるな!」
ベスの声。
次の瞬間。
魔物の牙が空を切る。
新人は慌てて横へ転がった。
「今の攻撃。」
「正面から受けたら吹き飛ばされていた。」
「相手を見るんだ。」
ベスの声を聞きながら、新人たちは必死に動く。
焦る。
失敗する。
それでも少しずつ変わっていく。
一体。
また一体。
魔物が倒れていく。
最後の一匹へ、新人たちが立ち向かう。
最初はバラバラだった動き。
しかし。
少しずつ。
互いを意識し始める。
一人が攻める。
一人が守る。
一人が隙を作る。
そして。
最後の一撃が決まった。
静寂が戻る。
「……倒せた。」
新人たちは自分の手を見る。
信じられないような顔をしていた。
ベスはその姿を見ていた。
昔の自分を見るようだった。
帰り道。
新人の一人が尋ねる。
「ありがとうございました。」
「もし一人だったら、無理でした。」
ベスは首を横に振る。
「違う。」
「最後に倒したのは君たちだ。」
「俺は少し手伝っただけ。」
その言葉に、新人は嬉しそうに笑った。
その瞬間。
ベスは気付く。
誰かを導くということは。
前を歩くことではない。
相手が自分の足で歩けるようにすることだ。
任務報告後。
ガルドは静かに尋ねる。
「どうだった。」
ベスは少し考える。
「難しかったです。」
「戦うより。」
「教える方が。」
ガルドは僅かに笑った。
「そうだ。」
「だから団長という立場は重い。」
ベスはその言葉を噛みしめる。
ガルドはずっと。
これを背負ってきたのだ。
その夜。
中央島王城。
老人と王が向かい合っていた。
「例の少年は?」
王が尋ねる。
老人は静かに答える。
「少しずつ変わっています。」
「力だけではなく。」
「人を守る意味を理解し始めています。」
王は窓の外を見る。
遠く。
訓練場で剣を振るうベスの姿があった。
「まだ未熟だな。」
「ですが。」
老人は微笑む。
「だからこそ、伸びるのでしょう。」
その時。
地下深く。
誰も知らない場所で。
古い石碑へ、また一つ小さな亀裂が走った。
小さな音。
しかし。
長い眠りの中にあった何かが、
確かに反応していた。




