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バル  作者: 隣の猫
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326/404

アイラ




オアシスの水底。


静かな水の中を、二つの影が進んでいく。


ベスとアイラ。


地上の光は少しずつ遠ざかり。


代わりに。


古代の遺跡が姿を現した。


崩れた石柱。


長い年月に削られた壁。


その奥。


巨大な扉が眠っている。


「……ここか。」


ベスが呟く。


アイラは静かに頷く。


父鷹が言っていた場所。


残された光が眠る場所。


二人は扉の前へ立つ。


ベスが手を伸ばす。


しかし。


何も起こらない。


「反応しないな。」


アイラは周囲を見る。


扉。


壁。


床。


何かが隠されている。


だが。


普通に見ても分からない。


その時。


アイラは目を閉じた。


「……。」


ベスが見る。


「アイラ?」


その瞬間だった。


世界の“音”が変わる。


水の揺れが消える。


自分の呼吸が遠のく。


ベスの声も、ただの残響になる。


代わりに。


“流れ”だけが残る。


それは風というより、空間の癖だった。


水の中なのに、どこかだけ軽い。


どこかだけ重い。


どこかだけ“抜けている”。


アイラの中で、それは線になる。


見えないはずの空間が

一本の地図のように繋がっていく。


(ここは……流れてる)


(ここは止まってる)


(ここは……通ってる)


目ではない。


耳でもない。


肌でもない。


ただ

“空間の圧の差”

だけが、輪郭を持って浮かび上がる。


その中心に。


一本だけ、異常に細い流れがあった。


遺跡の奥から、扉へ向かって伸びる“風の道”。


「……そこ。」


小さな声。


アイラは壁へ近付く。


誰も気付かないほど小さな隙間。


そこへ手を伸ばす。


「ここから風が流れてる。」


ベスが目を細める。


「見えるのか。」


アイラは少し間を置く。


「……見える、というより。」

「空気の形が分かる。」

「流れてる場所と、止まってる場所が。」


言い終えた瞬間。


目の奥に鋭い痛みが走る。


視界の端が白く滲む。


一筋の血が頬を伝う。


ベスが気付く。


「アイラ。」


アイラは手で拭う。


「大丈夫。」

「少しだけだから。」


だがその声は、わずかに息が浅い。


風を見るということは。


世界の“普通”を壊して見ることだ。


人が無意識に無視している流れを、全部拾う。


だから脳が耐えきれない。


それでも。


アイラはもう迷わなかった。


「ここ。」


壁の一部へ触れる。


「風が抜けてる。」


ベスがその場所へ手を伸ばす。


カチッ。


小さな音。


古代の仕掛けが動く。


壁の紋様が光り。


水中に“本来ありえない流れ”が生まれる。


止まっていた空間が、呼吸を始めるように動き出す。


巨大な扉の奥から。


長い眠りについていた空気が流れ出す。


ゆっくりと。


扉が開く。


その先に広がる暗闇。


しかし。


確かに感じる。


風。


「進めるな。」


ベスが言う。


アイラは頷く。


「うん。」


「でも、気をつけて。」


「この遺跡は……。」


風の流れを見る。



今度は


“全体”


ではなく、


“意図”


が混ざっている。


まるで。


遺跡そのものが呼吸しているように。

「私たちを見てる。」


二人は扉の奥へ進む。

その瞬間。

遺跡の奥で。




















僅かな光が灯った。

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