セピア
黒い山の内部。
崩れた岩壁の奥。
灰鷹は一時的な休息場所を作っていた。
地下神殿の崩壊から、どれほど時間が経ったのか。
誰も正確には分からない。
ただ。
今は全員がここにいる。
それだけが、何より大きかった。
「動いちゃダメだよ団長さん。」
ノアが静かに言う。
目の前にはガルド。
いつものように立ち上がろうとする団長を、ノアがしっかりと押さえていた。
その手は小さいが、迷いはない。
「まだ傷が治ってないよ。」
ガルドは少し視線を逸らす。
「しかし……。」
言いかけた瞬間、ノアは少しだけ眉を下げる。
「“しかし”は禁止。」
その一言に、周囲の空気がわずかに緩む。
ガルドは小さく息を吐いた。
「……分かった。」
その返事に、ノアはようやく手を離した。
周囲を見る。
レオンも。
アイラも。
リシアも。
全員が傷を負っていた。
生きていることを確かめるように
時折視線を交わしていた。
地下神殿での戦い。
崩落。
脱出。
誰一人、無事ではなかった。
それでも。
誰一人、置いていかなかった。
「団長達が戻ってきた時、本当に驚きました。」
近くにいた灰鷹の団員が口を開く。
その声には、まだ少し震えが残っている。
ベスは顔を向ける。
「何があった。」
団員は一度、息を整える。
「崩落した後……俺達も団長達とはぐれました。」
「出口までの道も塞がれていて。」
「別の退路を探すしかありませんでした。」
その時の光景を思い出すように、団員は拳を握る。
「途中で魔物に遭遇しました。」
「数も多かった。」
一瞬、周囲の団員たちの表情が引き締まる。
だがすぐに、誰も口を挟まない。
それは“共有された記憶”だった。
「でも……。」
団員は続ける。
「ここで止まったら、団長達を助けに行けないと思った。」
その言葉に、ガルドの視線がわずかに動く。
「だから戦いました。」
「全員で。」
周囲の団員たちも、静かに頷く。
誰かが誇るわけでもない。
ただ当然のように。
そうするしかなかったから。
「退路を作るのが精一杯でした。」
「正直、生きて戻れるか分かりませんでした。」
一瞬、火の音だけが響く。
「でも……。」
団員はベスを見る。
その目は、恐怖ではなく確信に近いものを宿していた。
「団長達も、必ず戻ってくると思っていました。」
その言葉に、ベスは一瞬だけ目を細める。
何かを言おうとして、やめる。
代わりに、小さく頷いた。
静かな沈黙。
地下神殿の中で。
それぞれが、それぞれの場所で戦っていた。
誰かが誰かを信じて。
生きるために。
そして。
帰るために。
レオンが小さく笑う。
「結局。」
「みんな無茶してたってことか。」
その声には、呆れと安心が混ざっている。
アイラも苦笑する。
「灰鷹らしいですね。」
その言葉に、少しだけ空気が柔らかくなる。
リシアは周囲を見渡し、静かに息を吐く。
「全員、帰ってこられてよかったです。」
その一言は、誰よりも重かった。
ガルドは目を閉じる。
しばらくして。
静かに口を開いた。
「……ああ。」
「それだけで十分だ。」
短い言葉。
だがそこには、全員への信頼が詰まっていた。
夜が深くなる。
火の揺れる音だけが響く。
まだ傷は残っている。
まだ不安もある。
虚無の盟主。
神々の真実。
これから待つもの。
全てが終わったわけではない。
それでも。
今だけは。
仲間がいる。
その事実だけで十分だった。
その時。
暗闇の奥。
僅かな光が揺れた。
全員が顔を上げる。
誰も驚きすぎない。
ただ、自然に構える。
それが灰鷹だった。
黒い山の静寂の中。
黄金の光が近付いてくる。
小さな翼。
黄金の羽。
そして。
懐かしい声が響いた。
「ベス〜ノア〜」




