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バル  作者: 隣の猫
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318/398

バル



崩れ落ちた地下神殿。


かつて古代の記憶を残していた場所は、今では瓦礫の山と化していた。


砂埃が、まだ空気の中に漂っている。


崩れた石が、時折小さく音を立てて落ちた。


その場に残された灰鷹は、誰一人として無傷ではなかった。


レオンは岩に背を預け、肩で息をしている。


喉が上下するたびに、痛みを堪えるように眉がわずかに歪む。


アイラは痛む腕を押さえたまま、視線だけを周囲へ走らせていた。


リシアは立ち上がろうとして、途中で力が抜け、そのまま膝をつく。


息が浅い。


それでも、目だけは死んでいなかった。


「……まだ、動けない。」


絞り出すような声。


誰もすぐには返さない。


ただ、呼吸の音だけが重なっていた。


その中で。


一人だけ、無理にでも立ち上がろうとする影があった。


「……退け。」


ガルドだった。


足が一度、地面を踏み外す。


それでも踏み直す。


肩がわずかに揺れている。


呼吸が荒い。


それでも視線だけは、瓦礫の奥から外れない。


「団長。」


レオンの声は掠れていた。


「無理だ。」


「ベスを探す。」


即答だった。


間がない。


「団長自身も……」


アイラが言いかけて、言葉を止める。


ガルドの肩が、ほんのわずかに震えていたからだ。


「この瓦礫は……」


「道具もない。」


「人の手では……」


「それでもだ。」


ガルドは一歩踏み出す。


その足が、石に引っかかる。


だが止まらない。


「ベスは生きている。」


その言葉だけが、やけに静かだった。


誰も否定できなかった。


否定する余裕がなかった。


普段のガルドなら、ここで一度立ち止まる。


状況を見て、最も生存率の高い判断を下す。


それができない。


今は。


「……あいつは。」


ガルドの喉が一度詰まる。


「まだ、ここにいる。」


その声は、かすかに割れていた。


「だから。」


「止めるな。」


一歩。


踏み出した瞬間。


膝が落ちる。


崩れるように前へ倒れかけた体を、小さな手が支えた。


「だめ。」


ノアだった。


指先が震えている。


それでも離さない。


「団長さんも、怪我してる。」


ガルドは顔を上げない。


「……離せ。」


「だめ。」


短い言葉。


それだけで、ノアは首を振る。


涙が一粒、落ちる。


そのまま、ガルドの傷へ手を当てた。


光が、かすかに滲む。


強くはない。


それでも、確かに温かい。


ガルドの呼吸が、一瞬だけ乱れる。


ノアは唇を噛んだまま、小さく呟く。


「ベス……」


「きっと帰ってくる。」


その言葉に、ガルドは何も返さない。


ただ、目を閉じた。


その場にいる全員が、同じ方向を見ていた。


瓦礫の奥。


そこにあるはずの“空白”。


誰も声を出さない。


出せない。


その空白の中で。


ベスは見ていた。


暗闇。


崩れた壁の隙間。


そこから漏れる光の向こう。


自分を探している仲間たち。


肩が上下している。


誰かが立ち上がろうとしている。


誰かが止めている。


その全部が、見えた。


胸の奥が、強く締め付けられる。


地下神殿で見たもの。


世界の始まり。


神々の争い。


盟主の言葉。


ユナの言葉。


あまりにも大きすぎるものが、まだ頭の中に残っている。


何を信じるべきか。


分からない。


神は敵なのか。


盟主は何を見ているのか。


ユナは何を託したのか。


答えは、まだ形にならない。


それでも。


視線を落とす。


瓦礫の向こうにいる人たち。


息をしている。


自分を探している。


その事実だけが、はっきりしていた。


ベスは拳を握る。


指に力が入る。


(世界を救うって……)


遠い言葉だった。


神。


歴史。


運命。


全部、自分とは関係ない場所の話だと思っていた。


けれど。


目の前にあるのは違う。


傷だらけで、それでも立とうとしている人たち。


その一人一人を守ること。


それが積み重なれば。


きっと。


ベスは一歩を踏み出す。


砂が靴の下で沈む。


もう一歩。


光の方へ。


瓦礫の影から抜ける。


その瞬間だった。


「……。」


ノアが顔を上げる。


呼吸が止まる。


瞳が揺れる。


「……ベス?」


声が、かすれていた。


全員の動きが止まる。


一斉に振り向く。


砂埃の向こう。


影が、ゆっくりと形を持つ。


一歩。


また一歩。


「……。」


ベスが、そこに立っていた。


誰もすぐに動けない。


息を吸う音だけが重なる。


ノアの目が大きく見開かれる。


次の瞬間。


「ベスーー!!」


崩れるように駆け出す。


小さな体が、迷いなく飛び込む。


ベスは受け止める。


腕の中で、震えが伝わる。


温かい。


確かに、生きている。


「よかった……」


ノアの声は途切れ途切れだった。


「よかった……!」


その声に、空気が少しだけほどける。


レオンが息を吐く。


アイラが目を伏せる。


リシアが、ようやく肩の力を抜く。


誰も大きな言葉は出さない。


ただ、そこにいることを確かめていた。


最後に。


ガルドが歩く。


一歩ずつ。


近づくたびに、足音が重くなる。


止まる。


一瞬。


そして。


ゴン。


拳が落ちる。


「痛っ……」


ベスが頭を押さえる。


ガルドはため息をついた。


「生きているなら。」


「先に言え。」


ベスは少しだけ目を瞬かせる。


そして。


小さく笑った。


「……ごめん。」


「次は気をつける。」


「次がある前提で話すな。」


短い間。


それでも。


ガルドの表情は、ほんのわずかに緩んでいた。


崩れた地下神殿。


失われたものは多い。


まだ、分からないことも多い。


それでも。


ベスは、確かに戻ってきた。






















仲間のいる場所へ。

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