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バル  作者: 隣の猫
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30/398

レサト



西門へ駆けつけた灰鷹の前には、


地獄のような光景が広がっていた。


砦の門は半ば崩れ落ち、


無数の魔物が城壁の内側へ雪崩れ込んでいる。


その中心。


一体だけ、


明らかに異質な存在が立っていた。


身の丈は三メートルを超える。


全身を黒い甲殻で覆われ、


右腕には巨大な鎌。


左腕には分厚い盾のような外殻。


額には一本の白い角。


周囲の魔物とは、


明らかに格が違った。


「……指揮種。」


ガルドが低く呟く。


「普通の魔物じゃない。」


魔物は静かに周囲を見渡す。


そして。


低い咆哮を上げた。


グォォォォ……。


その瞬間。


散らばっていた魔物たちが、


まるで命令された兵士のように動き始める。


「魔物が……。」


ベスは目を見開く。


「統率されている。」




「灰鷹!」


ガルドの声が響く。


「ボルグ!」


「左を抑えろ!」


「エイン、後方支援!」


「レオン!」


「俺と正面だ!」


「了解!」


誰一人迷わない。


長年共に戦ってきた者たちの動きだった。


ベスも剣を構える。


「俺は?」


ガルドは一瞬だけベスを見る。


「……民を守れ。」


「でも!」


ベスは思わず声を上げる。


「俺も戦えます!」


「分かっている。」


ガルドは静かに答える。


「だからだ。」


「今のお前にしか守れないものがある。」


その言葉に、


ベスは黙った。


悔しい。


前へ出たい。


あの巨大な魔物と戦いたい。


それでも。


ガルドの判断には意味がある。


「……分かりました。」


ベスは剣を握り直した。




砦内部。


逃げ遅れた住民たちが避難している。


泣き叫ぶ子ども。


動けない老人。


恐怖で足が止まる人々。


ベスは走った。


魔物が迫れば剣を振るう。


瓦礫があれば退かす。


迷っている暇はない。


一人でも多く。


一秒でも早く。


その時。


「助けて!」


崩れた家屋の奥から声が響く。


ベスは駆け寄った。


女性が瓦礫の下に閉じ込められている。


持ち上げようとする。


重い。


獣爪を使う。


それでも動かない。


「くっ……!」


その時。


「一人でやるな。」


声が響いた。


灰鷹の古参団員だった。


「力を合わせろ。」


二人で瓦礫へ手を掛ける。


「せーの!」


力を込める。


少しずつ。


少しずつ。


瓦礫が動いた。


女性を引き出す。


「ありがとう……!」


涙を流す女性を見送り、


ベスは息を吐いた。


まただ。


一人では無理だった。


仲間がいたから救えた。




一方。


西門では激戦が続いていた。


ガルドとレオンが指揮種へ挑む。


しかし。


その巨体は想像以上だった。


レオンの剣が弾かれる。


ガルドの斬撃も盾の外殻で防がれる。


ボルグの盾が吹き飛ばされ、


エインの矢も甲殻を貫けない。


「団長!」


ベスは思わず叫ぶ。


その瞬間。


指揮種の巨大な鎌が振り下ろされた。


ガルドは受け止める。


だが。


足元が沈む。


「まずい!」


ベスの身体が動く。


走る。


だが。


今度は違った。


ただ助けに行くのではない。


見る。


相手を見る。


指揮種を見る。


右腕。


左腕。


足。


重心。


そして。


見つけた。


「団長!」


ベスが叫ぶ。


「左足です!」


ガルドの目が細くなる。


次の瞬間。


指揮種が踏み込む。


その左足へ。


ベスの獣爪が叩き込まれた。


ガギィィン!!


甲殻へ傷が走る。


倒すほどではない。


だが。


一瞬だけ。


動きが止まった。


「よく見た。」


ガルドが呟く。


その一瞬。


十分だった。




「今だ。」


ガルドが踏み込む。


風が走る。


一閃。


白い軌跡。


指揮種の巨大な鎌が宙へ舞う。


レオンが反対側から踏み込む。


二人の攻撃が重なる。


黒い甲殻へ亀裂が走る。


指揮種は大きく揺らぐ。


そして。


静かに崩れ落ちた。




戦場が静まる。


指揮を失った魔物たちは、


次々と逃げ始める。


夕暮れ。


砦には歓声が響いていた。


多くの命が救われた。


住民たちは灰鷹へ頭を下げる。


しかし。


ベスは笑っていなかった。


ガルドの剣を思い出していた。


「あれが……。」


「本当の強さ。」


自分はまだ届かない。


でも。


悔しさだけではなかった。


追いつきたい。


いつか、


あの背中の隣に立ちたい。


ガルドが隣へ立つ。


「悔しいか。」


「……はい。」


「なら忘れるな。」


「その気持ちは、お前を前へ進ませる。」


ベスは夕日に照らされた剣を見る。


傷だらけの刃。


未熟な自分。


それでも。


少しずつ変わっている。




遠く離れた丘。


黒衣の男が静かに戦場を見つめていた。


左腕には、


ベスとよく似た獣爪。


「……変わったな。」


小さな呟き。


その表情は笑っているようにも、


寂しそうにも見えた。


「また会う日が楽しみだ。」


風が吹く。


次の瞬間。


黒衣の男の姿は消えていた。


ベスはまだ知らない。


自分と同じ力を持つ者が、

























この世界に存在していることを。

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