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バル  作者: 隣の猫
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297/417

ルフェリス



封印の間。




ベスは継承者の剣を握ったまま、目の前の虚無の盟主を見つめていた。


盟主が一歩踏み出す。


その足音は、広い封印の間に低く乾いた響きを落とした。


その瞬間。


床へ滲んでいた黒い影が、まるで水面を走る波のように一斉に跳ねた。




ベスの足元。


左右。


背後。


逃げ道を塞ぐように、影が細く伸び、床を這い、壁を舐めるように迫る。


フェンリルの前脚が即座に反応する。


銀色の爪が振り抜かれ、黒い影を叩き割るように弾いた。


だが影は散らない。


床に叩きつけられた黒が、次の瞬間には槍の穂先のように尖り、刃のように薄く伸び、鎖のように絡みつきながら、ベスの周囲を締め上げていく。


ベスは防ぐ。


受ける。


弾く。


金属がぶつかる甲高い音と、影を裂く鈍い衝撃が、何度も何度も封印の間に跳ね返った。


一歩退くたび、影はその半歩先へ滑り込み、足場を削るように距離を詰める。


石床を削る音。


爪が空を切る風鳴り。


黒い影が床を叩く湿ったような音。


それでもベスは、少しずつ、少しずつ、仲間のいる位置から押し離されていく。




「ベス!」


レオンの声が響く。


だが、二人の間へ黒い影が割り込み、床から立ち上がった壁のように視界を塞いだ。


近付けない。




その時、レオンは気付いた。


盟主は、動いていない。


右手。


影を操っているはずの腕。


一度も振られていない。


「……。」


レオンが目を細める。


「右手……動いてねぇ。」


だが、次の瞬間。


レオンの視界から、盟主の姿が消えた。


速い。


そう思った時には、もう遅かった。


目の前。


黒い影が立っていた。




ここから先、レオンには時間が引き伸ばされたように感じた。


一撃目。


死ぬ。


本能がそう告げた。


身体が先に動いた。


考えていない。


だが、覚えていた。


大剣。




ガギィィィン!!




刃と刃がぶつかり、耳の奥まで響く金属音が弾ける。


両腕に重さがのしかかり、肩から肘へ、肘から手首へと衝撃が走る。


足元の石床が、靴底ごと数寸沈んだ。


それでも、止めた。




二撃目。


来る。


左。


短い刃。


大剣では間に合わない。


腰。


小剣。


抜く。


逆手。




キィィン!!




細い刃が黒い軌道をかすめ、火花のような音を散らして逸らす。


頬のすぐ横を冷たい風が抜け、髪が揺れた。




三撃目。


避けられない。


レオンは二本の剣を重ねた。


大剣。


小剣。


残った力を、腕の震えごと押し込む。


「ぐっ……!!」




ガギィィィン!!




今度の衝撃は、受け止めたというより、押し潰されたに近かった。


腕が悲鳴を上げ、視界の端が白く弾ける。


だが。


次の瞬間。


身体が浮いた。


衝撃。


骨の芯まで響く鈍い痛み。


視界がぐるりと回転し、天井と床が何度も入れ替わる。


石床を何度も転がり、背中と肩を打ちつけ、最後に壁へ叩き付けられた。


ドン、と鈍い音が封印の間に落ちる。




「……。」


レオンはゆっくり目を開ける。


生きている。


意識もある。


だが。


身体が動かない。


腕へ力を込める。


指先がわずかに震えるだけで、立ち上がるだけの力が戻らない。


「……。」


悔しい。


ここまで来た。


強くなった。


仲間と繋ぐ戦い方を覚えた。


それでも。


届かなかった。




その時。


カツン。


足音。


誰かが近付いてくる。


カツン。


また一歩。


レオンは息を止める。


(来るのかよ……。)


(くそ……。)


(何も……できなかった……。)


黒い影が視界へ入る。


終わる。


そう思った。


だが。


伸びてきた手が掴んだのは、首ではなかった。


腕。


「……え?」


身体が引き起こされる。


無理やりではない。


だが、逆らえない重さで、上体だけが持ち上がる。


レオンは理解できなかった。


なぜ。


なぜ敵が。


自分を起こしている。


「……何が起きた?」


答えは返ってこない。


虚無の使徒は、ただ静かに手を離し、何事もなかったように元の位置へ戻っていく。



























レオンはその背中を見つめることしかできなかった。

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